08.05.12
01.02.12
雪のある生活
モスクワの友人に、日本海側の地域では3メートルを越える降雪があったと言ったら、とても驚いていた。
考えてみると、ロシアは半年が冬の気候。モスクワでも毎日あれだけ雪が降るのに、降雪が1メートルを越えることはない。 雪粒が小さくぱらぱらしているためだ。踏まれても固まらず、多少融けたとしてもシェーキ状。また、融けても水っぽくならないので、傘をさす必要もない。厳冬のイメージのモスクワであったが、この雪質のおかげで生活は想像以上に快適に過ごせた。

しかし、快適だと感じるのはアパート住まいのおかげ。早朝からの雪かきは、アパートの管理に雇われた労働者だ。自分でやるのは、車に積もった雪を落とすことくらい。たまに自分の車の停車位置が雪の集積場のされていて困ることもあったが、雪の処理を他人まかせにできる気楽さがあった。
個人の雪かきも、敷地の適当な場所にためておけば、除雪トラックが集めに来てくれる。方々で集めた雪は、ほとんどがモスクワ川へ。雪処理はゴミを同じで、これまた他人まかせだ。ただし、こうした3K作業のほとんどは、旧ソ連圏から来た外国籍労働者が従事していると言われている。
戸外で作業をしている人たちは、一様に蛍光色のベストを着ている。中年女性が多いのにも驚いた。昔ながらのフェルトの長靴をはいたりしているが、あの労働はかなりきついものに違いない。
雪解けシーズンになると、アパートの屋根に上って、固まった雪を落とす作業が行われる。作業の間、共同玄関は封鎖。出入りができなくなるが、これもモスクワならではの風物詩だろう。
08.01.12
31.12.11
17.10.11
aeroexpress 渋滞知らずで空港へ
私が帰国した後に開通したアエロエクスプレス。シェレメチェボ空港とベラルーシ駅をなんと40分ほどで結ぶ。とんでもない速さと便利さだ。
その昔、シェレメチェボ2に行くには、環状線МКАДをぐるっと回って、大渋滞で悪名高いХимки(ヒムキ)を通るコースを使っていたが、へたすると移動だけで3~4時間みておかなければならなかった。それでも到着すればラッキーだ。これが通れば、鬼に金棒。問題はいつ乗りに行けるかだ。
ちなみに私はシェレメチェボ空港からレチノイ・バグザールまで路線バスで行ったことがあるが、暇で暇でたまらないときにはこういうルートもなかなか楽しい。
http://www.aeroexpress.ru/en/
01.10.11
12.09.11
ロシアでもおひとりさま
少子化や伸びない平均寿命などにより、人口減の続くロシア。 男性の平均余命はソ連崩壊後より改善したとはいえ、先進諸国に比べるとかなり短く、女性の方はそれなりに長い。ということは、女性はいつか一人で生きなければならない現実に直面するというわけで、この国でも日本で流行ったような本が売られている。
タイトルも「お一人様の女性 心配のいらない人生」。ただし、ハウツーものではなく、小説のようだ。
ロシアの女性は元来たくましい。一人になろうが何人になろうが、都会であっても日本よりもプライバシーの垣根が低く、寂しがりやなので、茶のみ友達には事欠かない。問題はやはり一人暮らしにつきもののの貧困であろう。
子どもも少なく、年金もわずか。インフレ率も相変わらず高いので、真っ先に困るのは手持ち現金の目減りだ。以前は支給されたアパートを私有化し、賃貸して生活費となっていたが、これから先高齢者の仲間入りをする女性たちに、そういう元手があるかどうかわからない。福祉も貧弱ときている。
ソ連崩壊から20年、当時40歳台の働き盛りがそろそろ現役引退だ。そのうち「お一人様」問題の日露フォーラムでもやると面白いかもしれない。
08.09.11
ロシアの鉄道駅
長い行列を並んでようやく手に入れた切符だが、日本の感覚が抜けない私にとって、改札のないロシアの鉄道駅はどうも列車への乗り心地がよくない。プラットホームはどこからでも入っていける。行き先は電光掲示板に出ているのみ。構内放送もあるが、よくよく気をつけないと聞き逃す。
目的地に行く列車を見つけても、自分の切符が正しいのか、途中で無賃乗車だと難癖をつけられて降ろされるのではないか、などなど心配になってくる。結局、乗ってしまえば無賃乗車の人たちはかなりおり、その人たちはいわゆう物売りだとわかる。近頃は、降り口に地下鉄の改札のような金属性の回転式柵ができており、そこに切符を差し込む。もちろん、無賃乗車の人たちは、その改札を飛び越えて出て行く。都市住民の足である地下鉄とは、あきらかに違う乗り方の流儀がある。
30.08.11
18.08.11
マヤコフスキー広場
詩人・マヤコフスキーの顔はこわもてで、書く詩もなにやら激情たっぷりだし、ちょっと苦手なタイプな芸術家のように思っていた。
見方が変わったのは、彼がロシア・アバンギャルドの流れの中で、ビスケットの面白い広告コピーを書いていたり、絵本「マヤーク」(マヤコフスキーは、自分の名前の中にロシア語で灯台を意味するмаякという文字の配列を見つけ、この単語がお気に入りだったそうだ)を書いていた、などと知ったからだ。
ユーモアのある人と知って安心したという感じに近い。そう思うと、マヤコフスキー広場に立つ彼の像もなんとなく愛嬌のあるものに見えてくるから不思議である。ともあれ、この付近はトヴェルスカヤ通りとサドーヴァヤ環状通りが交差する場所だけに、交通渋滞が激しい。空気の悪い所に立たされて、なんとなく気の毒でもある。





















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