Main | сентября 2005 »

августа 2005

31.08.05

カフェの窓から①

stary_arbat モスクワ随一の歩行者天国、スターリィ・アルバート通りを歩く老夫婦。

カフェの窓から見渡せるおよそ50メートルの距離をゆっくりゆっくり歩いて行った。

年金生活のたいへんさは想像を絶する。でも、こうやってお互い支えあって生きているさまには、微笑ましさすら感じるのだ。

|

30.08.05

日本製自販機?

2005年春に、ガルブーシュカという秋葉原みたいな電気街に突如出現した自動販売機。よく見るとなにやら見知った商品が。1本およそ160円也、買っている人をみかけたことがないので、人気のほどは不明。

それまでロシアの自販機というと、やたらでかくて売ってる商品が少なかった。瓶入りのコーラやスプライトしかなく、故障中で動かないことも多く金を入れても出てこなかったりで、キオスクに走った方が早いって感じだった。

at_garbushka

ここにきて日本のアニメブームも頂点に達し、満を持しての自販機真打の登場といったところか。日本アニメの海賊DVDを片手に、ウーロン茶を飲んでいるロシアのおたくたちをこの目で確認できなかったのは少々遺憾。

|

29.08.05

メンデル駅構内

mendeleevskaya2

右は私の好きなデザインの地下鉄駅のひとつ、メンデレーエフスカヤ(Менделеевская)。天井から分子構造がぶら下がっていて斬新な発想にうーむとうなる。構内の端っこにはメンデルの胸像もある。

乗換駅は環状線のノヴォスロボッツカヤ(Новослободская)。

|

28.08.05

お城のレリーフのある地下鉄駅

モスクワ北部には、広大な「植物園」という名の森林公園がある。その一角に5月から9月末までオープンしている「日本庭園」が存在する。といっても、日本っぽいのは東屋、八橋と石灯籠、それに季節遅れに咲く菖蒲やレンギョウくらい。松のかわりにもみの木があったり一面芝生がはびこっていたりして、日本よりうんと寒いロシアでは、気候的にみて完璧な日本庭園をめざすのはかなり無理。それでも春になれば桜が咲き、六月には裏千家クラブの野点があったりして、家族で充分日本の雰囲気を楽しめるいこいのスポットだ。

そこにアクセスする最寄り駅のひとつ、Владыкиноには日本のお城をかたどったレリーフがプラットフォームの壁を飾っている。初めてこれを目にしたとき、なんだか異国の地で旧知の知り合いにばったり出会ったような感覚だった。ロシア人の中でこのレリーフのことを知る人が少ないのはちょっと残念。bradikino2

|

最寄り駅の話その①

私が住んでいた地域の最寄り駅は「キエフスカヤ」というところだった。キエフへ行く鉄道駅に隣接された地下鉄駅だ。キエフスカヤ駅は、その装飾の豪華さで有名で、観光シーズンになるといろんな国の観光客が大挙して押しかけてきた。地下鉄テロがあった翌日でさえ、ツーリストは引きもきらなかった。

私はこの駅に観光客として1988年に来たことがある。まだソ連だったころの話だ。観光ガイドブックで見る装飾のきらびやかさと裏腹に、細部は塗装がはがれたり電球が壊れていたりして、ちょっと興ざめしたのを覚えている。そののち私がこの駅を最寄り駅にするとは、なにか縁があったんだろう。

それはそうと、キエフスカヤ駅には3つの路線が交差していて、慣れないとどれがどの路線だかわからない。山手線のようにぐるぐるモスクワをめぐる環状線、北東部へ走る路線、そして地下鉄なのに地上を西へ走っていく路線の3つである。一番豪華なのは環状線。美術館のようだといわれている。だが私のお気に入りは北東部へ走るАрбатско-Покровскаяы線(舌をかみきりそうな名称なので、私は単にアルバート線と呼んでいた)。環状線ほど人の往来が激しくなく、切り子のようなシャンデリアから放たれる電灯の光がなんとも好きだった。この最寄り駅の話はまた後日。

|

26.08.05

帰ってきました

2005年5月20日、3年弱のモスクワ生活を終え、日本に帰ってまいりました。今からいい季節だってんのに、帰国なんてもったいねー。でもしょうがないです。

ホームページも作ってたけど、結局更新するヒマもないまま。中途半端な人生を徹底したる!というわけで、ブログの開始であります。

nostalgic_ukraina_hotel

|

Main | сентября 2005 »