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октября 2005

31.10.05

戦勝記念日の様子

今年からロシアでは、ソ連時代から続いていた11月7日の革命記念日をやめて、11月4日に新たな祝祭日を設けるそうだ。プーチン政権になってから、共産主義時代の祝祭日を廃止・変更することは日常茶飯事。ゆえに売られるカレンダーは、こうした変更を見越してか、はじめから祝祭日のしるしがついていないものもある。

さて、今年行われた戦勝記念日(5月9日)は、各国から首脳を招待してのビッグイベントとなった。そのため、赤の広場周辺は式典1週間くらい前から暫時警戒態勢に入り、記念日前々日は完全にシャットアウト。せっかくゴールデンウィークでモスクワを訪れた観光客は、遠目に赤の広場を見ることを余儀なくされた。

いまや、ロシアにとってロシア革命はたいして重要ではなく、祖国を守った対独戦争を重視した方がが民族発揚には有効なのである。

写真はそのときの様子。赤の広場の中は、戦車など軍事パレードで使われる車が終結。目抜き通りは通行止め、そしてテロを警戒する警官もごらんのとおり。

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30.10.05

ちょっと風変わりな建造物

左:巨大なピンを模したボーリング場概観。

中:百葉箱? 中に何が入っているのか不明の建造物。アパートの敷地内に必ずある。

右:完全円形の団地。

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28.10.05

ドゥブロフカ周辺

劇場占拠事件のあった劇場はУл. Мельникова(ウーリッツァ・メーリニコヴァ)という通りに面しているのだが、もよりの地下鉄名をとって、Дубровка(ドゥブロフカ)劇場と称されるようになってしまった。1999年当時、この地下鉄駅はまだ建設中だったので、私はそのあたりがどんな場所なのか知らなかった。ただ、Пролетарскя(プロレタールスカヤ)という地下鉄駅から南は正体不明の煙突が立ち並び、軍事関連の工場地帯のようだ、という印象しかなかった。

2000年以降、正確な年はわからないが、ドゥブロフカ駅オープン。

2004年夏、初めてドゥブロフカ駅に降りてみた。白い壁の半円プラットフォームで、けっこうシンプルな造り。地上に出てみると工場のどでかい壁が目の前にそびえる。とても閑散としていて、とても地下鉄駅周辺とは思えない。トラム(路面電車)が道の真ん中を走っているだけだ。

少し歩くと、「アセアンショップ」と書かれた怪しいマーケットがあり(どうやら閉鎖されたソ連時代の労働者クラブ建物を改装したような感じだ)、アジア系の人が行き来する。あとでわかったことだが、このあたりにはテキスタイルの工場があり、ベトナム人が多く住み着いて働いているということだ。なるほど、住宅地の中には「サイゴン」という名のベトナムレストランがあった。

モスクワ中心部のきらびやかさから遠くかけはなれた、一瞬ソ連的雰囲気を感じる工場地帯周辺。廃墟とは呼べないけれど、限りなくそれに近いにおいがする場所。ドゥブロフカという名前を聞くと、劇場占拠事件の記憶とともに、この荒涼とした工場地帯が思い起こされる。

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劇場占拠事件2周年

dubrovka2 ばたばたしている間に10月23日が過ぎてしまった。劇場占拠事件発生の日だ。あの日の夜、私は知り合いにバレエのチケットがあまったので行かないかと誘われた。だが、モスクワにオープンしたばかりの中国茶を飲ませてくれる茶芸館に行くことにしていたので観劇はしなかった。夜、雨の中を家に帰ると、人質事件がおこったようだとニュースで知った。それが世界を震撼させた「モスクワ劇場占拠事件」の始まりだった。

今でも謎多く残っているあの事件。遺族らは疑惑や怒りを抱え込むしかない。当局は事件が起こった場所に慰霊碑を立て形だけの追悼式をしているようだが、今年はどうだったのだろうか。

dubrovka 写真は2004年夏に撮った元劇場の遠景。

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24.10.05

りんごの話

そろそろダーチャ(菜園つき別荘)のシーズンも終わりに入りつつある。このころになると、知り合いから収穫物をいただく機会が増す。一番たくさんもらうのはりんご。もちろん、年によって出来・不出来があるので量の増減はあるが、もらわないことはまずないといってよい。apples harvestそして、かぼちゃやウリの一種、じゃがいもや食用ほうずきなどが続く。

ロシアのりんごは日本のに比べるとめちゃくちゃ酸っぱい。いや、日本のりんごが甘すぎる。果肉も、ロシアのりんごは紅玉のように柔らかく、日本のフジのような歯ごたえはない。品種改良などされていない、野生のりんごの味である。それでもちゃんとメジャーな品種はあって、「アントーノフカ」という種類のりんごが見た目も味もよしとされている。

ロシア人は普通、りんごを皮ごと食べる。したがって、おにぎりのような便利な携帯食みたいな感じで、ちょっと小腹がすいたとき、食事をする時間がなかったとき道を歩きながら、といったシチュエーションでよく食べられている。きれいなお姉さんがバナナを食べながら歩くのに比べると、りんごを歩き食いするのは小粋な感じ。しかし、私はとうとうりんごをかじりながら歩く、という行為ができなかった。味のあたりはずれが大きすぎるので、路上で食べるりんごを選ぶことができなかったのだ。

結局、もらったりんごはことごとくジャムかコンポートに変身することになった。ほかにもいろいろ料理法があったのにもったないことをした。

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19.10.05

ブルガーコフ記念館2

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ブルガーコフ記念館の続きの写真集です。

左から:「勤務」する黒猫・ベゲモート、陳列台のようす、壁に吊り下げられたスクリーンでは、映画化されたブルガーコフ作品の放映が。そして、記念館入り口のドア。

お役立ち情報  住所:Ул.Большая Садовая дом10 (大サドーバヤ通り 10番地、ビル正面にБулгаковский домのレリーフがある。そのビルのアーチをくぐって中庭に入る。1階の緑のドア(写真右端)が入り口。最寄地下鉄: Маяковская(マヤコフスカヤ)。風刺劇場(テアトル・サティーリの方角へ徒歩6分程度)。電話:506-57-35、開館は15時から20時、月曜休館(2005年現在)   

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18.10.05

ブルガーコフ記念館の猫

ミハイル・ブルガーコフの『巨匠とマルガリータ』を読みすぎたせいか、モスクワで黒猫を見かけると、この小説に登場するしゃべる黒猫・ベゲモートだと条件反射するようになってしまった。

で、モスクワのサドーバヤ環状通に面するアパートの一室である。ブルガーコフがかつて住んでいた部屋を記念館に改造したところには、ベゲモート似(?)の黒猫が勤務している。モスクワ南部の一般家庭の猫で、この記念館にたしか今年に入ってからスカウトされたのだ。給与はソーセージだと聞いた。くいぶちを自分で稼ぐなんてたいした猫だ。

それだけではない。

この猫のすごいところは、どんなに見知らぬ人が大挙して来ようと撫でられようと、じーっとして鳴き声ひとつたてないところだ。忍耐の猫である。しかも、写真を撮ってもレンズにそっぽをむけたり、フラッシュがむぶしいにゃあんとか言わない。サービス精神に富んだ猫だ。やっぱり悪魔界からひそかにやってきた今世紀のベゲモートとしかいいようがないのである。きっと前世紀から変わらぬ愚かさをもった人間を観察して、次なる騒ぎを画策しているのだ。kot_begemot

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12.10.05

紅葉でなくて黄葉したはっぱ

ロシアでは「黄金の秋」といわれるように、日本のように紅葉をめでるのではなく、黄色くなった葉を愛でる。この時期ともなると街路樹は枯葉でいっぱい、またたくまに木からは葉がなくなっていく。子供たちが落ち葉を拾い集めて、窓辺を飾ったり首飾りにしたりして遊んでいる様子もよく見かける。5月に芽吹いてたった4ヶ月弱で一冬分の栄養分を蓄えるなんて、本当に植物はすごい。ちなみに、白樺の木の紅葉の具合で、その年の冬の暖かさがわかるという。

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09.10.05

愛しのモスクワの猫たち

日本のネコは人を警戒する。カメラを向けるとそそくさと逃げるか、物陰に隠れてじっとこちらを伺う。飼い猫であってもこの傾向はあまり変わらない。

で、モスクワのネコである。彼らはほとんど人見知りしない。むしろ人に寄って来たりする。おかげでカメラを向けるのが楽しかった。ロシア人自身、ネコ好きな国民性である。なんでもネコは神様に仕える神聖な動物なんだとか。

ロシアではネコに呼びかけるとき、「ニャー」とか「ミャオー」とかいう「ネコまね」はしない。「クスクスクスクス」もしくは「キスキスキスキス」という。こう呼びかけると、たいていのネコはなんらかの反応を示す。もうすぐ雪が降るモスクワ。うちの近所にいた「彼ら」は元気にしているだろうか。cat1 cat5 cat4cat2 cat3

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05.10.05

冬はモスクワライフが快適

まだまだ暑い日本。モスクワもまだ時折暑いらしい(彼らに言わせる「暑い」とは、20度を越えているときだけど)。だが10月ともなると、これからやってくる冬のことを考えてしまう。

「ロシアの冬は寒いんでしょう」な~んてよく言われるけど、実のところ温度計のとおりの寒さは体感しない。マイナス10度以下が続くと、マイナス2、3度なんてあったかいじゃん、と感じてくる。乾燥した寒さだからだろうか。おまけに建物の内部は暖房がガンガン効いているし、室内はTシャツでOKというのはうそではない。

もっともこんな恵まれた冬の環境は大都市のきちんとした住宅だけだ。暖房の止まってしまうアパートなんて珍しくもない。だが、モスクワの冬の意外な快適さに慣れてしまうと、日本の越冬ができるだろうか、などと一瞬恐怖してしまうのだった。

ちなみに写真はモスクワ川に面するある一角。古いアパートの向こうに聳え立つ煙突は偉大な「お湯工場」の煙突です。moscow-river

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03.10.05

モスクワ日本庭園の秋

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上:紅葉した楓。秋を迎えたモスクワの日本庭園は、来年の春まで閉園す る。雪に閉ざされる前に、庭園職員が植木の手入れや修理を行う。

右:ハスの自生している池。初夏には蛙が大合唱。                              

                                                                                               

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01.10.05

全ロシア蜂蜜展示即売会

晩夏から初秋にかけて、モスクワ南部のコローメンスコエ公園内では全ロシア蜂蜜展示即売会が開かれる。全ロシアと銘打っているだけあって、コーカサス地方からシベリア方面まで、あらゆる養蜂業者が出展する。この即売会は今年の新もの蜂蜜とあって、買いに来る人の数もまた多い。展示即売の近くには簡単な食事ができるカフェも出て縁日のようだ。私もこのイベントの常連で毎年のように通っていたが、とにかくその種類の豊富さには圧倒された。

私が例年買っていた蜂蜜は白アカシア(ビタミン豊富)、マロニエ(茶色くてクセあり)、そば(一番クセがあるが、栄養豊富)、キリンソウ(利尿作用ありとか)、ローズヒップ(風邪ひいたとき用)、菩提樹(滋養豊富)、五月の花のブレンド蜜などなど。このほか花粉粒、プロポリス、蜜蝋とそれからできた美容クリーム。こんなにいっぺんに買えないので、約一ヶ月の開催期間中、最低2回は通う。

おもしろいのは蜂蜜売りの人が、お買い上げのあと「ご健康をお祈りします」と言ってくれるところ。ロシア人は蜂蜜を健康保持食品および薬餌療法のひとつとしてとらえている。医療事情があまりよくないことも関係しているだろうが、民間療法がかなり幅を利かせている。蜂蜜はその一翼を担う。

また、政治家など有力者も趣味として養蜂をやっていることがある。その昔、ロシアの皇帝が養蜂をやっていたことも関係しているのだろうか。

ロシアの蜂蜜についてはまだまだ書き足りないので、また項を改めて。honey_market

Honey_market Honey_market2

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