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декабря 2005

31.12.05

С новым годом!

年末になると必ずテレビで放映される映画「Ирония судьбы, или с легким паром!」(運命の皮肉、あるいは、よいお風呂を!)。たまたまアパートの鍵が同じ型をしていたため起こった、二人の男女の「皮肉な運命」の物語だが、紆余曲折の末ハッピーエンドとなる。ロシア人なら誰でも知っている映画だ。年末年始が物語の背景となっているので、この時期好んで放送される。もちろん、ロシア語学習者の間でもおなじみ。ただし、184分という大作なので字幕ナシで全編見通すには、かなりの忍耐力がいる。

もう話もわかっているし、見なくてもいいような映画なのであるが、やっぱり年末になると見たくなってしまう。寅さんシリーズみたいなものだろうか。

ところで、モスクワにいるときは衛星放送の紅白を見て日本を偲んでいたが、今年はこの映画をふくめ2,3本ロシアに関する映画を見て年越しすることにした。抱き合わせとして、ソ連崩壊後富と力をほしいままにした新ロシア人の退廃生活を描いた「Москва」(モスクワ)、 ジョン・ル・カレ原作のスパイ映画「ロシア・ハウス」を見る予定。

irony_destiny

では、来年もこのブログを書き続けられますよう。 С новым годом!

左は、映画のロケが行われたアパートに埋め込まれた記念プレート。

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30.12.05

雪の上を歩くということ

モスクワの雪はさらさらしている。水分が少ない。俗に言うパウダースノーだ。そのせいか、雪だるまがうまく作れない。雪を踏みしめて歩く感覚は、ギシギシと片栗粉の上を踏んでいるような感じがする。snow_view

気温が低くいため、融けにくい雪をむりやり溶解させるために、塩分の入った薬剤をまく。雪はまたたくまに水と化すが、そのあとがたいへん。walking_man その水が靴にひっつくと、靴が乾いた後に白いしみが残る。革靴など、たった1年でだめになることもザラだ。さらにやっかいなのは、とけた雪がその後のwalking_woman_in_snow低温によって氷になってしまうこと。道全体が凍結してしまうこともたびたびだ。

いくら雪の上を歩く技術を修得してきても、アイスバーンの上に雪が降り、どこが凍結しているかわからなくなるとお手上げだ。そういうわけで、外国人に限らず、ロシア人も道で転倒する人がけっこういた。snow_view1

私も何度か転んだが、どこかから必ず助け起こしてくれる人が現れた。ありがたかった、というか、不思議だった。

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25.12.05

ロシアの大学ノート

年末までにj部屋を片付けようとダンボールをひっくり返したら、モスクワで買ったノートが出てきた。以下、ノートに関する思い出話。

ロシアでは、日本でいうところの「大学ノート」は、変形A4版の方眼ノートである。100から120ページくらいの厚さ。以前は味もそっけもないぺらぺら表紙でわら半紙のような紙質だったし、罫線も自分でひかなければならないものもあったらしい。最近は表紙もかなり凝るようになってきたし、「数学」「ロシア語」「歴史」「化学」など用途に沿った科目別ノートも発売されるようになってきた。モスクワ大学売店では大学ロゴ入りノートが売られている。人気歌手や人気外車の写真の表紙や、セーラームーン系のマンガ表紙、はてはへんてこりんな東洋趣味のノートまで発売されはじめた。中身の単調さに反して、表紙だけはまさに百花繚乱。私はもっぱらいかにもロシア的な擬人化された猫や動物柄が好みだったが、なぜか「?」な東洋趣味ノートにもはまってしまった(写真右下のノート、なぜか迎春・明けましておめでとう、と書いてある)。

notes さて、ロシア人はこの方眼ノートに必ず「青いボールペン」で「びっしり」と文字を書く。私など一方眼一文字を書きたくなるのだが、彼らは筆記体で方眼など関係なくつらつらと書き連ねる。試験シーズンともなると、地下鉄の中はそういうノートをにらみつけている学生を多くみかける。覗き見したって、筆記体の解読など外国人には難行苦行。あまりのカリグラフィ(?)の美しさにほぉとため息をつくのみだ。

小・中学生用には日本の連絡帳にあたるдневник(ドゥネーヴニク)がある。時間割や宿題など書き込むようになっていて、かならず両親が子供の学習を評価しサインすることになっている。私も何冊か買い込んだが、ロシア語学習計画ノートにはならずじまいである。

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24.12.05

クリスマスの風景

yolka tree_in_internatinal_post tree1

左:戦勝記念公園のゆきだるまモニュメント

中:国際郵便局内に立てられたヨールカ

右:某ブランド洋服店前にでーんとそびえる(歩行者の邪魔をする)ヨールカ

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21.12.05

延々続く除雪作業

この時期、モスクワは雪が大量に降る。でもどんなに雪が降ろうが、人々はいつもと変わらず出勤や通学をし、バスもトロリーも運休することはない。snowview 雪を溶解する薬剤をまいたりもするが、もっと物理的な方法で冬の日常生活を支えているのが除雪車だ。

除雪車は4~5台で編隊を組み、一車線ごと間隔をずらして路上の雪をわきへ押しのけて行く。除雪車一行がやってくると、ほかの車は追い越しはできない。まさにそこのけそこのけの世界である。

special_truck 脇へ押しのけられた雪は、トラックと雪集めのペアが収集しにくる。2本のシャベルのようなアームで雪を左右からかき込み、ベルトコンベアーでトラックに載せていく。special_truck2 トラックの荷台が雪でいっぱいになると、次のトラックがやってくる。この作業は大通りに限られるのだが、路肩を延々と作業する除雪車は、見ていて飽きないので、よく作業の様子を観察させてもらった。

snowview21 トラックに載せられた雪はどこへ行くのか。以前はモスクワ川に直接投下されていた。今は、市内に設けられた雪捨て場に捨てられるという。雪をかき集めては捨てるという作業は、春まで延々と続く。

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16.12.05

過激な化粧品屋

人は年末年始になると買い物に奔走する。ロシア人もしかり。特にクリスマスが暦の関係で1月7日になるロシアでは、年を越しても年末商戦が続行している。そして2月が近づくと、近年定着してきたバレンタインデーのために、若い男女は贈り物選びに血眼となる。そんなライフスタイルの変化に対応してモスクワで大展開しているコスメティックの店がアルバート・プレステージ(Арбат Престиж)だ。

「プレステージ」と銘打っているだけあって、世界の有名ブランドの化粧品を主に販売している。店舗のほぼ半分は香水。それだけロシア人にとって香水は身近な「化粧品」なわけだ。また、ギフト用に詰めあわされたセット商品もショーウィンドーに飾られ、購買欲を刺激する。テスターも豊富だし、最近は化粧アドバイザーのようなコンサルタントもいる。ただし日本のようにお肌のチェックをしたり、デモンストレーションをしてくれるコーナーは、まだない。arbat_prestizh

顧客カードを登録すると、対象商品は割引が受けられるほか、お買い上げ価格によってはプレゼントをもらえる。さらに有料VIPカードをゲットするとVIP専用店に入れる。私はついぞVIPに縁がなかったので興味もなかったが、あるVIPカードを持たない日本人が潜入して店内を見てきたところ、喫茶の接待があるくらいでたいしたことなかったという。

それにしてもこのチェーン店のすごいところはその過激なCMだ。2004年、2005年の年末売り出しCMは、ほぼ全裸の男性5人(くらい)がサンタクロースのガウンだけをまとい、プレゼントの箱を持って店内を踊るというものだった。キャッチセールスは「А у нас новый год(うちじゃもう新年だよ)」。男性フェロモンで女性客を狙い、「新年プレゼントを早く買え」という消費者扇動が奏功して、いつも女性やカップルで大賑わいだった。arbat_pristizh2

我が家の真正面がこの店だったので、そのけばけばしい電飾はパチンコ屋を連想させあまり好印象はないが、資生堂の口紅やカネボウのクリームを買うときはお世話になった。今年も過激なCMをやっているのか定かではない。でもきっと繁盛していることだろう。

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10.12.05

橋の上の地下鉄駅

私が好きなモスクワ地下鉄駅のひとつに「すずめが丘駅」(Воробьевы горы)がある。ガイドブックによっては旧名の「レーニンが丘駅」(Ленинскиегоры)と紹介されているものもあるだろう。この駅はルジニキースタジアムから対岸のコスイギン通りに至るモスクワ川の上に建設されたもので1952年開業。文字通り「橋の駅」だ。その後、橋の「老朽化のため」?(とロシア語の先生が言っていた)1986年からなんと約16年間駅は閉鎖、電車は急ごしらえした地下鉄用の橋を走ることになった。vorobeyovy_gory

1998-9年の間、この駅を通る路線でモスクワ大学へロシア語を習いに通っていたが、毎回橋の上を走るとき、電車が突然スピードを落とす。「そろそろ橋だな」とわかる。仮橋全体が板で覆われ、ところどころ川面がちらっと見えるので、今ここで橋が折れたら電車ごと川に転落だな、と考えたりしたものだ。橋を渡り終えると、それまでのスローペースを取り返すかのように、電車は急に速度を上げる。車両が左右にゆすぶられるくらいスピードを上げるものだから、今度はいつ電車が脱線するかとはらはらしていた。

vorobeyovy_gory3 2002年12月に、「すずめが丘駅」は再開業。エリツィン時代は停滞気味だった建設工事も、なんとか資金繰りがついたようだ。しかし、「突貫工事だからいつ崩壊するかわからない」なんて言う人もいる。とはいうものの、橋からのかつての眺めは見事復活、そして全長530メートル、幅220メートルにもなるモダンな駅舎が誕生した。

vorobeyovy_gory4 今では地下鉄線路に沿って、人も歩いて川を渡れる歩道橋も一緒になっており、格好のデートコースになっている。駅舎も広い空間を利用して、モスクワビエンナーレの会場の一部となったりしている。

vorobeyovy_gory7 vorobeyovy_gory5 左:ガラスごしに見えるルジニキースタジアム。

 右:モスクワビエンナーレではパフォーマンス会場として      利用。

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05.12.05

モスクワの交通混雑事情

昔のモスクワを知る人は口を揃えてこう言う。「あの頃はこんな渋滞はなかったのに」。片道4-6車線はあろうかと思われる道路が、何キロも何時間も滞る。都市高速に匹敵する環状線もとっくに低速道路と化した。特に大雪が降ったりすると、道の真ん中で故障し立ち往生する車も続出。まさに今のモスクワは交通地獄といえる。

日本の何倍も広い道路を持つモスクワで、なぜ交通渋滞が頻発するのか。ひとつはもロシア人の自動車所有率が上がったことがあげられる。リーズナブルな韓国車をはじめ、高嶺の花だった外国車もかなり普及している。人々は郊外にフラットを確保したり、別荘から通勤したりする。大型ショッピングセンターも次々オープンして、車のない生活は相当不便になってきている。traffic_jam1

その反面、おろそかになっているのが駐車場対策。市内中心部にはきちんとした駐車場が少なく、たいていの車は道端に斜め縦列駐車をする。これが道路の2車線分を占めてしまい、トロリーバスや除雪車の進行を妨げる。また、車間距離をぎりぎり詰めて走るため、交差点で信号が変わっても、車が流れていかない。信号が変わってもにっちもさっちもいかず、怒声とクラクションだけが響き渡る。信号の故障も多く、交通渋滞に拍車をかける。

そしてもっとも不可思議なのが道路法規だ。ロシアは右側通行なのだが、モスクワでは基本的に左折ができない。車は左折ができる道路まで走るか、立体交差の右折をくりかえすか、道路の真ん中でUターンするしかない。こんな走り方はきわめて効率が悪い上に、時として大事故を引き起こす。ひとたび事故が起きれば、現状維持と称して車を路肩に動かすことはできず、渋滞の収束は絶望的になる。

これから年末にかけ、モスクワ市内は郊外や田舎から買出しに来る人たちでもっとごった返す。そんな時期にテロだの天災だのがないことを祈るばかりだ。

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02.12.05

路上に立つヨールカ

12月になった。モスクワではこの時期、主な交差点などにヨールカ(クリスマスツリーに匹敵)が飾り付けられる。写真のヨールカは、2004-05年のときのもの。夜はイルミネーションでとてもきれい。new_year_2005

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