« марта 2006 | Main | мая 2006 »

апреля 2006

30.04.06

ダーチャシーズン到来!

今年もやってきました、ダーチャの季節! 去年から連休が短くなって、ダーチニキ(ダーチャ愛好家)には不評であるが、それでもロシア人はこの季節のために生きているといっても過言ではあるまい。さんざん言われてきていることだが、ダーチャはロシア人にとって農作物を収穫する場であると同時に、レクリエーションおよび家族の団欒の場だ。

農作業ファンにとって、マースレニッツァ(当ブログ3月1日参照)は農作業の始まりを告げるもの。にわかに種もの屋がにぎわいだす。種は国営企業の店舗および私営の店などが販売しており、前者は若干安い。種物屋には、種のほかに各種肥料・農薬・耕作道具・ビニールシートなど、園芸に必要なものは何でも売っている。Sheeds 電話やネットで注文を受け付けて配達までしてくれる店もあり、とても便利だ。

買ってきた種を水に浸し、食べ物が入っていたプラスチックパッケージなどを再利用した種苗棚で苗を栽培する。温帯と違って、戸外での植物の生育期間が短いロシアでは、室内で育てた種苗を丈夫に育てることが大切だ。家の中でもっとも日当たりのよいところで、トマト、キュウリ、スビョークラ(ビーツ)、ネギ、食用ホウズキなどの苗を育てる。もちろん、育てる作物によって土作りも重要な要素なので、肥料の配合など綿密な計画を立てる。そして、苗がだいたい10センチから15センチくらいの高さになったら、いよいよ植え替えである。

冬の間じゅう無人だったダーチャは汚れ放題。まずは掃除が必要だ。虫も発生していることがあるので、消毒も欠かせない。居住空間を整えて、それから土の耕しにかかる。トマトやきゅうりは、ビニールハウスを作って植えたりする。不用品となった家具や家電はすかさず譲り受け、自分で修理して「ダーチャ用」として使う。農作業に特化した「掘っ立て小屋」ダーチャ以外は、住環境の充足も重要な要素だ。

少子化が進むロシアでは、田舎暮らしや畑の耕作を嫌う若者も増加。年配者だけでダーチャを維持するのもたいへんだ。無人だった間に、ホームレスの住処となってしまったり、火災で全焼してしまうダーチャもある。水をめぐるトラブルも。こうした問題に対処するため、同じ地区にダーチャをもつ者たちが、自治会みたいなものを作って、町内会を催したり、冬の間地元の農民に管理を委託するなど、自分たちのダーチャを守るための知恵をめぐらす。

これからおよそ半年、都会の自宅とダーチャを行ったり来たりする生活。作物の生育状況に一喜一憂しながら、壊れた部分を修理したり建物を増築・新築したり。しかしみんな嬉々としている。一方、ダーチャをしかたなく手放したり、財テクの道具にする人も。農作業とは無縁の豪邸ダーチャも目立つ。モスクワにおけるダーチャの在りようは多種多様である。

|

29.04.06

モスクワ・春の光景

今年も5月の連休が近づいてきた。ロシア人が心待ちにしていた季節である。

写真は日本庭園のある植物園(Ботанический сад)で、春の到来を満喫するモスクワ市民の様子。

Spring_garden Cherry

Ducks Enjoying_spring1 Flower_jap_garden

Cherry_blossom Jap_garden_spring Jap_garden_spring2

Russian_cherry

|

26.04.06

チェルノブイリ事故20年

1986年4月26日、史上最悪といわれるチェルノブイリ原発事故がおきた。あれから20年、あっという間に過ぎ去ったように感じるが、被害者らにとっては長い20年だったと思う。

今でも存在する残留放射能。チェルノブイリ事故が植えつけたトラウマは、突然変異した染色体のように旧ソ連諸国の人々の脳裏に残る。一方で放射線物質に対する秘密主義が残るもの確かだ。

きのこやベリーのシーズンになると、決まって取りざたされるのが「どこどこで取れたきのこやベリーに基準以上のセシウムが検出された」という類のニュースだ。毎年のことだから驚かなかったが、郊外で取れたきのこやベリーは、いくら新鮮で安くても買わないようにとロシア人の知り合いに言われた。

さらに恐ろしいのが、モスクワ市内に放射能反応が高い地域が存在していることである。原子力関係の研究所があった場所、あるいはその類の専門学校、はたまた稼動されなくなった工場跡地などだ。公園や森の中にもスポット的にガイガーカウンターが振り切れる場所があるという。軍事関係施設は地図にも載らないし、一般市民でもどこにそうした施設があるのか知らないことが多い。

また、モスクワ西部にある「戦勝記念公園」に置いてある戦車から、放射能反応が出たという噂も聞いた。子供がよじ登ったりして遊んでいる戦車だ。こうした噂や報道が本当だととしても、どこまでがチェルノブイリから運ばれた放射能で、どこからが市民の知らない放射能物質によるものか判然としない。

チェルノブイリの記憶が風化していっても、潜在恐怖は残る。その恐怖を核物質管理の方向へ昇華すること、それが「チェルノブイリの教訓」を生かすか殺すかの分かれ目となる。

|

23.04.06

パスハ(復活祭)

4月23日はロシア正教の復活祭・パスハ(Пасха)だ。これは移動祝祭日で毎年変わる。しかもカトリックやプロテスタントと違う暦を採用しているロシア正教では、1週間くらい遅く来る。去年は5月1日だったためにメーデーと重なった。Egg01

キリスト磔刑の故事にちなみ、パスハに至るまでいろいろ宗教行事がある。ひとつは教会に蝋燭やパスハのためのケーキ、クリーチ(кулич)に持っていき、聖別してもらうこと(日本風に言えばお払いEgg02 してもらうこと)、ゆで卵に彩色してパスハの日に備えること、などである。

そしてパスハの日の夜、教会の復活礼拝に参列する。私は98年のパスハを見学した。椅子のないロシア正教会では、神父をはじめ全員立ったまま祈る。聖歌隊が次々と聖歌を歌い、司祭や補祭が聖書の一節や祈りの言葉を述Cover_for_kulich べていく。聞いたところによると、教会で使われているのは古いロシア語なので、言ってるPaskha_egg1 文句はあまりわからないとのこと。それでも皆黙って祈りの文言を聞き、しきりに十字を切ったりお辞儀をしたりする。ちなみに女は皆、教会に入るときスカーフをかぶる。私にもかぶれと言われたので、ハンカチをネズミ小僧のようにかぶった。

Egg03 そしてようやく夜中の12時だ。司祭がひときわ高く文言を唱えだし、聖水や聖香をふりまいたりすると、礼拝はクライマックスに達する。鐘が鳴り始め、補祭がキリストのイコンを手に、聖壇から出口へ向かい始める。司祭たちも後に続き、彼らが門を完全に出ると同時に、会衆も教会の外に出Kulich る。鳴り響く鐘を聞きながら、「キリストは復活せり、まことに復活せり」と叫び教会の周りを3周する。圧巻である。(教会によっては、イコンに接吻するだけのところもあるそうな)これで「パスハ」の儀式は終わり。熱気さめやらぬ会衆は、三々五々帰路につく。

ロシアでは、最近プーチン大統領が礼拝に参加するせいか、パスハ儀式の一部始終を第一チャンネル(ORT)とロシアチャンネル(RTR)がまったく同じ内容を中継する。ところどころ、日本の「行く年来る年」のように各地の教会の様子も挟まれる。さらに、司祭の行為や式典の進行など、仔細な「解説」が入るのもテレビならでは。教会に行かなくても、礼拝にあずかった「気」にさせる。それにしても、ロシア正教とはおもしろい宗派だ。クリスマスに比べて復活祭が盛大なのは、キリEgg04 スト教教理に照らしてみても至極まっとうなことなのだが、参加者が祈りの文言を理解できないのに、じっと何時間も立ち尽くせるなど、どうしても不可解なことがある。

|

19.04.06

黒パンについて

ロシア人が常食するパンは、ライ麦を主体とした「黒パン」(черный)とコッペパンのような「白パン」(нарезной)である。日本人がよく食べるやわらかく四角い食パンというのものは存在しない。
ロシア人はパンを買うとき、かならず「Это свежий? (これは新しいか?)」と聞く。古くなると硬くなるからだ。以前はパンだけを売っているキオスクが街のそこここにあった。また販売車もあちこちに止まっていた。だが、モスクワ中心部ではこのような小規模売店が少なくなり、人々はマーケットなどに行かなければならなくなっている。マーケットで売っているのは、当然写真のようにビニールで包装されたパン。昔は、パンははだかのまま手渡されていた。値段も98年当時2ルーブルだった黒パンが、05年には10ルーブルにまで上昇。それに対し、年金などはほとんど物価スライドが反映されていないので、お年寄りはたいへんだ。
ところで、ライ麦パンはヘルシーなパンとして知られるようになった。カロリーが100gあたり250くらいと低く、ビタミンも豊富。おまけに黒パンはずっしりと肌理がつまっていて、非常に食べごたえがある。Bread01 スライスしてハムやチーズの載せて食べるオープンサンド(бутерброд)が一般的な食べ方だ。もちろん、豪勢にイクラやサーモンをのっけるときもある。何も載せないときは、日本人が茶碗片手におかずをつっつくように、左手にパンをもったまま主菜を食べる。
このほか、菓子パンにあたるбулочныеがあるが、この話はまた後日。Bread02

写真上:Дарницкий(ダルニツキー)写真下:

Измайловский(イズマイロフスキー)

|

17.04.06

紙製品の話

物価が高いモスクワで、ひときわ高いと感じられたもの。それは衣料品と紙製品である。衣料品はしょっちゅう買わないのでたいして影響はないが、紙製品は家計を圧迫。

たとえばトイレットペーパー。写真のような54メートル巻き・シングルペーパーが、市場では1個8ルーブル(32円)、スーパーでは10ルーブル(40円)から。メーカー品のトイレットペーパーとなると一気に価格は跳ね上がる。1個だいたい30ルーブル(120円)である。Toilet_paper 6個組みになっても割安感はほとんどない。メーカー品はたいていポーランドなどからの輸入品だった。ソ連時代のトイレット「落とし紙」は、字が書けてしまうくらい硬かった。おまけに新聞を使うのが一般的だったとかいう話を聞くにつけ(今でも見終わった新聞を使っているお宅もある)、トイレットペーパーの進化は目を見張るものがあるだろう。

それからティッシュペーパー。ロシアではあまり一般的ではなく、「化粧紙」と呼ばれている。これも高い。1個120ルーブル(480円)くらいから。5個198円に慣れた私からすると、とてつもなく高く感じる。しかも安いものを買うと、きつい香料がついていたり、刺激が強すぎたりするので、どうしてもメーカー品を買うしかない。ちなみにロシア人は鼻をかむとき、ハンカチを使うのが一般的。

ポケットティッシュにいたっては、その普及たるものまだまだの段階。普通に売られている携帯ティッシュはナプキンのような紙が折りたたまれたもの。吸湿性はあまりない。おまけに硬いので鼻をかむのには不適当。日本式のポケットティッシュと違い、端っこに出し入れする所がある。なので、日本のティッシュケースなどは使えなかった。
みちのく銀行モスクワ支店で、ポケットティッシュを粗品にもらったとき、ものすごく感激したことを覚えている。

最後にパンパース。ロシア語では「パンペルス」と発音する。種類も豊富だが高いらしく、知り合いの日本人は子供用品卸売り市場へ出かけて大量買いをしていた。成人用紙おむつは見かけなかった。

|

15.04.06

ネコ劇場

モスクワの我が家から歩いて20分くらいのところに、「世界で唯一の」と謳われているネコ劇場がある。何度も来日公演やテレビ出演をしているので、日本でもおなじみだ。ボリショイサーカスにいたククラーチェフ氏が設立したネコ劇場、モスクワでも根強い人気がある。
Cats_theatre
この建物がネコ劇場のホームベースとなるわけだが、内装に工夫が凝らされていておもしろい。ホールの扉や柱などにネコの足や尻尾のモチーフが使われ、出演するネコのポートレートが、まるで人間の出演する劇場さながらにロビーに飾られている。緞帳も普通の劇場風だが、どこかにネコの図柄が描かれたりして、さりげなくネコの世界がアピールされている。
そして演目だが、ネコとその仲間(犬も出演する)の冒険モノが多い。ストーリー展開の中で、逆立ちをしたり平行棒を渡ったりする芸が披露される。最後は子供たちをステージ周辺に集め、なぜかディスコ大会となって終了。幕間はククラーチェフ氏自らおみやげや記念写真をセールスしたりして、子供たちは大はしゃぎだ。
日本での公演を見たことがないのでわからないが、ロシアでは舞台と観客の距離がとても近い。98年、私が初めてネコ劇場を見に行き、ククラーチェフ氏に日本に来てよとしゃべりかけた時、「君が呼んでくれたら行くよ」と気軽に答えてくれたのが印象的だった。
近年は息子も出演しているが、その芸はまだまだ未熟。今後も注目していきたい劇場である。Cats_theatre_2

|

13.04.06

地下道という所

Underpath1 「大統領の通勤路」の異名をもつ我が家の前の道路には、横断歩道がなかった。その代わり300-400メートルおきに地下道が設けられ、歩行者はそこから向かい側へ渡ることになっていた。でかい道路にはでかい地下道がつきもの。広い地下道の中は、いろいろな商売をする人たちの格好の場所となっていた。

家から一番近い地下道のど真ん中には、アコーデオンで哀愁あふれる音楽を奏でて日銭を稼ぐおじさんがいつも陣取っていた。そのおじさんがいない日は、聖歌を合唱する老夫婦。またはギター弾き語りの若者グループ。いわゆる街頭パフォーマーたちだ。芸をしない物乞い稼業の人たちも地下道に集う。

アコーデオンおじさんから100メートルくらい離れた所に、海賊盤ビデオを売るお兄さんや果物や漬物を売るおばさん、あるいは下着や靴下を売るおじいさんが各々商用スペースを展開。警察の姿を見つけると、あっという間にその場を立ち去る。彼らは歩行者に押し売りをしたりするわけではないが、なんだかとても威圧的な感じだったので、地下道を通る方はいつもそそくさと前を通り過ぎた。

キオスクがずらっと並んでいる地下道もある。文具・CD・酒・タバコ・化粧品・薬品・洋服・菓子・雑誌・テレフォンカード・野菜・花、果てはチェブラーシカのぬいぐるみや外国人向けのロシア土産など、売る品目は多種多様。狭いキオスクの中には、店員が一人身じろぎもせず座っている。寒い冬でも彼らはそこに着膨れて店番しているが、トイレなどいったいどうしているのだろうといつも気になった。Underpath3

そして地下道の一角には、冬場公道の雪をかく道具を安置する部屋があり、普段そこは封印されいてる。蛍光オレンジのベストを着た「モスクワ道路公社」の人たちが、ときおりその部屋を開け休憩を取ったりしている。

なにやら薄暗く陰気な感じのモスクワ地下道だが、市井のロシア人を観察するにはとても面白い。でも地下道で立ち止まることはあまり薦められない。
Underpath4

|

09.04.06

薄く長いアルメニアのパン

世界に数多くのパンあれど、私の知る限り一番薄く且つ長いパンはアルメニアのパン、ラヴァーシ(лаваш)である。ラヴァーシはグルジアにもあり、それは楕円形で平らだがぺらぺらではない。同じように厚さが2~3センチくらいのパンの種類にインドのナン、ウズベキスタンのレペーシュキなどがあるが、アルメニアのラヴァーシはその薄さと面積において独特である。Armenian_lavash

アルメニアン・ラヴァーシはそれだけ食べてもぼそぼそとしてそんなにおいしくないので、手ごろな大きさに切って(ちぎって)具をまいて食べる。私の好みの具はレタスかキャベツの千切りにツナ缶をひっくりかえしてマヨネーズであえたもの、だった。たまに中華風具材(ひき肉と春雨の甘辛煮)や韓国食材店で買ってきた「本場のキムチ」をはさんだりしても美味であった。もちろん、チーズだけはさんだりハムをまいたりしても、スナック風でおいしい。

Armenian_lavash2 アルメニアン・ラヴァーシはマーケットのパンコーナーにも置いてあり、かなりポピュラーなパンだ。ロシア人の主食は黒いパン(ライ麦パン)と白いパン(日本風に言えばコッペパン風パン)であるが、目先を変えたバリエーションとしてこうしたエスニックなパンが好まれている。

|

06.04.06

モスクワで見た虹

雨は季節の変わり目を教えてくれる。モスクワでも雪が雨になり始めたら、それは春が来た証拠だ。逆に夏の夕立がしとしと雨になり始めたら、それは冬が近づいた証拠。

2004年のある秋の日、西の空に立つ大きな虹を見た。後にも先にもモスクワで虹を見たのはこのときだけ。そして虹が出た出たと騒いでいたのは、私だけだったような気がする。Rainbow

|

04.04.06

故ヨハネ・パウロ2世とモスクワカトリック

4月2日は、前ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が死去してちょうど1周忌だった。1年前の4月3日、モスクワ西部にあるカトリック教会では、ヨハネ・パウロ2世を追悼するミサが大々的に行われた。報道によると、朝10時に行われたミサに参加した人の数は約900人。おそらくロシア在住のポーランド人が主力だろう。その後も三々五々に教会を訪れた人(私も含まれる?)はその倍くらいと思われるが、正直言ってカトリックと反目しているロシア正教の国で、こんなにたくさんの人が弔問に訪れるとは予想外だった。Mourning1 Pope Mourning_candle

モスクワのカトリック教会は、1911年建立、1937年から宗教活動が次第に制限され、宗教が禁じられていたソ連時代、完全閉鎖の憂き目を見た。ペレストロイカおよびソ連崩壊後、ロシアに住むポーランド人によって教会は復興工事が行われ、今日の姿を取り戻した。当時、教皇の座に就いたヨハネ・パウロ2世はその復興に尽力した人だったというわけだ。Moscow_catholic_church

夜の追悼ミサはロシア語で行われた。出入り口に掲げられたヨハネ・パウロ2世の写真の前にはたくさんの蝋燭が捧げられていた。キリスト教が東西に分裂して約1000年、ロシア正教会への和解を呼びかけたヨハネ・パウロ2世の悲願がこの地で達成される日が来るであろうか。Plate

モスクワカトリック教会の住所:

ул. Малая Грузинская, 27
http://www.catedra.ru/

|

03.04.06

モスクワで見た月食

今年はエジプト・トルコで皆既日食が見られた。多くのロシア人日食ハンターも観測に出かけたことだろう。私はといえば、まだ部分日食どまり。生きている間に一度は皆既日食を見てみたいものだと思う。Lunar_espicle_2_1

さて、モスクワでは2002年に皆既月食が見られた。私も無謀ながらデジカメと双眼鏡で「にわか観測」。同じような意図を持つインド人親子やロシア人夫婦と共に、アパートの駐車場で数時間粘った。Lunar_espicle_1_1

大都会モスクワは、空があっても眺めるべき星空は少ない。夏は夜が短く冬は厚い雲。春や秋もネオンがうるさく見える星が少ない。そんな状況で唯一星空を本格的に観測できるのがモスクワ大学にある天体望遠鏡だ。平坦なモスクワの中でも、小高い丘の上に立つモスクワ大学は格好の星空観測場であり、一般市民が参加できる天体クラブもある。しかしここ数年、このクラブの参加費が値上げされ、どうやら「星空観測サロン」と化しているらしい。眺める空にも経済格差?が出現したということだろうか。

|

01.04.06

ロシア映画の公開ラッシュ

チムール・ベクマンベトフ監督の「ナイト・ウォッチ」(Ночной дозор)がついに日本上陸。先週は「大統領のカウントダウン」が公開され、ちょっとしたロシア映画の公開ラッシュである。

お恥ずかしいことに、「ナイト・ウォッチ」が2004年ロシア本国で公開されたとき、そんなにヒットしたとは思わなかった。その後DVDでこの映画を見て、なるほど「マトリックス」が好きなロシア人にウケるわけだと、人気の秘密が実感された。私は先に続編の「デイ・ウォッチ」(Дневной довор)を観てしまった関係で、「ナイト・ウォッチ」はイリヤ・ラグチェンコが吸血鬼役で出ている以外は、ちょっと物足りない感じが否めない(スポンサーの意向が強すぎ)。しかし、「マトリックス」に登場する都市とは正反対のモスクワを舞台に、超未来的な視覚効果が炸裂するミスマッチ感覚はロシア映画でしか見られないし、「ディ・ウォッチ」を2倍に楽しむためにも、「ナイト・ウォッチ」を観て人物関係を把握することは必須であろう。

「大統領のカウントダウン」は未見だが、「劇場占拠事件を題材にした」とか「ロシア当局が撮影に前面協力」などという触れ込みを見ると、あの事件が起きたときモスクワにいた者として、正視できる内容なのかどうか疑問に思うところだ。

ともあれ、ロシア映画が韓国映画のように普通に公開されるようになったのは、歓迎すべきことである。

現在公開中ロシア映画公式サイト

「大統領のカウントダウン」 www.count-down.jp

「ククーシュカ」 www.kukushka.jp

「ナイト・ウォッチ」 www.nightwatch.jp

|

« марта 2006 | Main | мая 2006 »