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июня 2006

30.06.06

ウ・ニキーツキフ・ヴァロート劇場(Театр У Никитских ворот)

夏はシーズンオフで劇場が閉まる。演劇ファンにとってちょっと寂しい。これからしばらく、私が気に入った出し物をやっている劇場を徐々に紹介していきます。

楽しく元気が出るミュージカルが見たいならこの劇場。Teatr_u_nikitskikh_varot0042 「Песни нашего двора」 と「Песни нашей коммуналки」が代表作。私のお気に入りは、

1. 「ファンファンの黄金チューリップ(Золотой тюльпан фанфана)」・・・プレイボーイのファンファンが、紆余曲折を経て幼馴染と結ばれるまでの爆笑冒険活劇。笑い過ぎて腹が痛くなる名作。

2. 「3匹の子豚(Три поросенка)」・・・よく知られた童話の舞台化。子供向けと侮るなかれ。舞台装置は学芸会風でも、演技は児童心理のツボをしっかりおさえている。大人も爆笑。

3.「二つのチェーホフ(Два Чехова)」・・・チェーホフの短編「Пари(賭)」と「 Юбилей(記念日)」をモチーフとしたオムニバス。前者は幽霊が出てきたりして少しシリアスだが、後者は大爆笑することうけあい。

4.「キャバレー、あるいはモスクワのボブ・フォス(Кабаре, или Боб Фосс живет в Москве)」・・・コーラスラインのような劇中オーディションをイメージしたアメリカンタイプのミュージカル。この劇場のぼろい床がいつ割れないか冷や冷やするほど、役者たちが歌い踊る。

私が支持している役者ヴァレリー・トルコフが主役を張っている、「Пир во время чумы」「 Сарданапал」はこの劇団にしては暗い筋立てでイマイチだった。

演劇の古典的演目といえる「あわれなリーザ(Бедная Лиза)」をミュージカル仕立てにしてレパートリーにしている劇団は、おそらくここだけ。これも必見である。

www.teatrunikitskihvorot.ru 

Ул. Б.Никитская 23/9 Tel/202-8219

最寄り地下鉄:Арбатская

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28.06.06

しょぼい郵便受け

モスクワではたいていの人が集合住宅に住む。ということは、必然的に郵便受けも集合設置だ。ところがこの郵便受け、おそまつなことこの上ない。

まず、鍵がかからない。ポストの鍵だといって渡された鍵はまったく合わず使えない。よそのお宅も同じなのか、鍵を開け閉めしている様子はなく、パタパタと開閉して中をのぞいている。ひどいものは、常にブラーンと開けっ放し。噛み捨てたガムだの紙くずだのが押し込められ、ゴミ箱状態である。

奥行きも高さもないので、ちょっと分厚い郵便物が来ると郵便受けに入れてもらえず、そのへんにポイっと放置される。郵便配達人も責任感に乏しい。配るのが面倒くさいとアパートの管理人に郵便物の束を渡して退散。管理人もいいかげんなもんだから、手紙の束を適当な場所に放置。こんな具合だから郵便物がまともに届いたためしがない。

1997-99年では、遅いながらもわりとちゃんと届いていた。しかし2002-05年では3割を切る到着率。つまり、10通送ってもらった手紙のうち、7通はどこかへ行ってしまったわけだ。

新聞や雑誌を郵便講読するのはわりとポピュラーなのだが、たいていのロシア人は割高になっても私書箱あてにするか、玄関まで届けてもらう方式をとっている。その方が郵便物失踪より安くつくのだ。

知り合いのアパートでは、郵便受けがまるごと盗まれたという。あんなでかいもの、どうやって取り外し持っていったのか理解に苦しむ。Mailbox

←この日は比較的整理整頓されていた。

関連記事:2005年9月3日

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27.06.06

New Ageな店

元来、神秘的なものが大好きなロシア人。オリエンタルグッズ、オカルトグッズは相変わらずの大人気。若者が多くやってくるオリエンタルな店は、モスクワ内に数箇所あって、隠れ家的な雰囲気を持っている。

私がよく行ったのは”Путь к себе”、「自己への道」という名前の店。日本でいうならニューエイジ思想の店、という位置づけになろうか。タオイズム(道教)やサイババの本はもちろん、鍼灸テキストや魔術入門などあらゆる神秘思想の書籍が揃えられ、お香やストーン類、有機栽培食材やオリエンタル食材、薬草茶や健康食品なども充実の品揃え。さらにヒーリング・ミュージックを聴きながら手相を見てもらったり、マッサージや瞑想などもできる喫茶コーナーがある。ほぼ毎日、東洋思想関係のレクチャーも開かれている。

掲示板にはヨガ、太極拳、チャネリングなどなど、さまざまなサークル広告が。「自分探し」を東洋思想に求めるブームは当分続きそうだ。

Путь к себе (プーチ・ク・セビェー:自己への道)

Ленинградский проспект дом 10А  (495) 746-5347

最寄地下鉄:Белорусская

Ул.Новокузнецкая д.6  Tel: (495)951-9129

最寄地下鉄:Новокузнецкая   www.inwardpath.ruPuti_k_sebe0144

Третий глаз  (トゥリーチィ・グラース:第三の眼)

Нижкий Таганский тупик д.11 стр.2 подьезд. 1

最寄地下鉄:Таганская 

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24.06.06

ランチ探検 その1

歩行者天国アルバート通りにある「カフェ・モーニャ」。店の装飾や食器をグジェリで統一し、明るく入りやすい雰囲気だ。女性一人でも大丈夫。禁煙席もある。私は観劇前の腹ごしらえなどで、たびたび利用した。

Cafe_monya2 Cafe_monya1メニューは6種類のちがった具のペリメニ、サラダ、スープなどの定番ロシア家庭料理で価格も良心的。

Pelimeni

Кафе Моня

Ул.Старый Арбат д.32-1

                Tel. 241-21111 11:00am-11:00pm

Salad

 

                                       

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21.06.06

夏至(Летнее солнцестояние)

Moscow_university 梅雨の日本。せっかくの夏至も日照時間の長さを実感できない。なんだかモスクワが懐かしくなる今日この頃だ。

モスクワは、ペテルブルグほど緯度が高くないので白夜にはならないが、それでもこの時期の日照時間は長い。2005年の日めくりカレンダーによれば、日の出4:44、日没22:18、日照時間はなんと17時間34分とある。そのうち、薄暮にあたる4時間を差し引けば、暗くなるのはわずか3時間足らず。気温も30度まで上がる日もあり、本当に「夏」を実感できる。

日照時間は夏至以後じりじり短くなっていく。ロシア人が夏をとことん充実させたい心情がとてもよくわかる。

写真はモスクワ大学付近の並木道。夕涼みに散歩するのが最高な場所。

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18.06.06

モスクワでの韓流

モスクワでも日本より数年遅れて、韓流のきざしがあった。北野武人気がまだまだ根強い中、マニアの間では韓国映画のDVDが流通、テレビでも「シュリ」や「JSA」などは何度も放映された。Jホラーのヒットを受け、Kホラーを好む人も増加。知り合いのロシア人に聞くと、「日本映画より話の展開がスピーディでおもしろい」とコメントしていた。

ただ、「冬のソナタ」に代表されるような乙女チック純愛路線は受けるどうか、はなはだ疑問。「チャングム」に至っては、中国時代劇と取り間違えられそうである。恋愛観・人生観に関してはアジアと若干趣向が違うこともあり、韓流のきざしが本格化するかどうかは不透明だ。

                   チェ・ミンシク主演Old_boy1 Old_boy2 「オールド・ボーイ」のDVD。音声・韓国語、字幕・英語&韓国語と書いてあるにもかかわらず、ロシア語吹き替えになっている。

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17.06.06

フェドスキノ工房見学記 その3

残念ながら、銀箔を張ったり貝を象嵌している様子は見ることができなかったが、絵を描いている場所はじっくり見ることができた。

絵師たちは決められたデザインを忠実に写し取る。作家の指示により色使いも決められており、イコンの流れを汲むパレフのように絵師のオリジナリティは認められていない。

Artist_1 Painting1 Painting2 Painting3 Working_desk Working_desk1 Palet

いよいよ絵が完成。ラッカーを塗って仕上げる。

絵の周りや箱の横面にオーナメントを施す。著名な絵師の場合は箱にサインが入れられる。物によってはオーダーメイドも受け付けており、肖像画などを所望する人もいるとか。

Polishing

根を詰める仕事の合間に、職人たちはこんな休憩室で過ごす。Waiting_room

Lacker

Suvenir Suvenir1

左:売店で買ったフェドスキノの小箱と鑑定書。

※2005年当時未完成の私のフェドスキノ作品は、完成次第パレフギャラリーにアップします。

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16.06.06

フェドスキノ工房見学記 その2

フェドスキノやパレフは総称して「パピエ・マーシェ」または「ミニアチュール(細密画)」と呼ばれる。特徴的なのがその箱の作り方。見た目は木箱。しかし実は厚紙を何枚も重ね、油で固めて作られている。土台に油を塗り紙を重ね乾かし、さらに油を塗って紙を貼る。この作業を何百回と繰り返し、箱の形にバリエーションを与える。箱作りと絵を描く作業は完全な分業で、一人の職人がすべての工程をやるわけではない。

Box_material  Making_box Making_box1 Making_box2 Making_box3

Oil

←紙を固めるための油

          ←形成した箱を高温で乾かす        Oven

Press_machine Pressing

←箱を押し固めるための機械

こうして固められた箱の原型は、中を朱塗り、外を黒塗りにする。今回は、塗りの工程については「見学者が部屋に入ってくるとホコリがたつからだめだ」といわれ、見学することができなかった。Studio1_1 Studio2

(たしかにニスを塗った箱の表面はホコリがつきやすく、へたすると絵が描けなくなったり、商品価値がなくなってしまう)

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15.06.06

フェドスキノ工房見学記 その1

ロシアの民族工芸品にフェドスキノ(Федоскино)というのがある。黒塗りの箱に貝殻で象眼を施し、それに絵を描いた塗り物の箱のことだ。モスクワから約20キロ、ドミートロフスコエ街道(Дмитровское шоссе)を北上したところにフェドスキノ村にはフェドスキノ塗りの工房と職人養成施設がある。2005年4月に工房見学を行ったので、その報告を3回に分けて書く。View_of_fedoskino Fedoskino

Surrounding

Factory ←フェドスキノ工房外観

                                   Excursion

                     フェドスキノの概要を説明する職員→

History Exibition_room

←工房併設博物館

Diplom 

Instruments ←フェドスキノを作るための道具

Works Works2 Works3 Works4

ロシアの見学スタイルに従って、まずは併設博物館(музей)を見学。ここでフェドスキノの歴史、使われている道具や材料、歴代の名作家や名作品について説明を受ける。工房のおじさんが一方的にしゃべるだけで、ちっとも質問させてくれなかったのが不満。

でもちょうどその頃、私も「なんちゃってフェドスキノ」の技法に挑戦中だったので、大いに参考にはなった。

フェドスキノは19世紀中葉に、ひとつの技法としてまとまったとされる。現在は、貝を貼り付けるだけでなく、金や銀のメッキを施す方法もあるという。

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12.06.06

モスクワで栽培した植物たち

ロシア人は家の中に植物を置くのが好きだ。出窓にぎっしり鉢植えを置いたり、手製の棚を作ったり。ボロボロの窓枠の向こうには必ず緑が覗いている。おそらく何年も植え替えられていない鉢植えでも、季節を迎えると花を咲かせたりしている。

私もロシア人にならって(?)、日本から種を密輸入し(?)栽培した。冬でも室内気温が25度以上のアパートは、最適の温室空間。冬を越した植物たちは、5月から6月にかけてつぎつぎと花をつけた。

Asagao_1 Chingensai_1 Ojigisou_1 Safran_1 Kenaf_1 Karankoe_1 My_seeds_1

左上から

1.あさがお 2.青梗菜 3.おじぎそう 4.サフラン

5.ケナフ 6.カランコエ(これはいただきもの)

6.アパートの花壇に私が勝手にばら撒いた種の芽(あとでアパートの管理人にことごとく引っこ抜かれた)

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11.06.06

2002年のFIFAワールドカップ

4年前の2002年ワールドカップのとき私はモスクワにいた。サッカー好きな前のロシア語教師の家に、数年ぶりに会いに行くことになっていた。おりしも当日はロシアvs日本の試合。私はサッカーに全然興味なかったし、ロシア語の先生はブラジルファンだったので、試合を見ながらお昼ご飯でも食べようということにしたのだ。しかし、サッカーファンが街にあふれる日なので安全のためにタクシーを使うことにした。

3年ぶりに会う先生は全然変わっていなかった。家の中に洗濯機が置かれ、台所がきれいにレモント(リフォーム)されており、暮らし向きがよくなったのが伺えた。その日は奥さんが実家に帰っていて不在、そのかわりに一人息子が在宅していた。

先生と息子が作ったオープンサンドと私が持参した海苔巻きを食べながら、テレビで試合を観戦。私の予想に反して、ロシアの勝算が危うくなってきた。先生も息子もどうということはなったが、日本の勝利が決定したあと、たいへんなことが起こってしまった。

ロシアの敗北に憤慨した若者が暴徒化し、赤の広場周辺の車を破壊したりトヴェルスカヤ通りの日本料理店を襲撃し始めたのだ。テレビ中継で騒ぎを知った私たちは顔面蒼白。先生は「すぐタクシーを呼んで帰った方がいいかも」と言い出した。せっかくの再会も水を注されたような感じになってしまった。

日本・韓国で行われた記念すべきワールドカップは、ロシアでは日本関係者の受難日となった。チャイコフスキー音楽院付近では日本人学生らが殴打された。これを機に、モスクワ市当局は、サッカーファンを興奮させる大型スクリーンを街に設置するのを禁止した。

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07.06.06

中国人市場で買う野菜

夏になるとどうしてもアジア的な野菜が食べたくなる。近所の市場やマーケットにはほうれん草や白菜(китайская капуста=ズバリ、中国キャベツJiucai )、香菜は手に入るが、ニラはどうしても入手できない。

そんなときに出かけていくのが中国人市場だ。モスクワに出稼ぎに来た中国人が、半ば農民となって郊外で栽培している。日本のニラに比べて、葉の幅は半分くらい。非常に細くて浅葱のよう。寒冷な土地のため、8月以降はどんどん葉が細くなり、9月末には市場から姿を消す。

ニラのほか、中国人市場にはターサイや空心菜も売っている。これらもすべて、中国人労働者がモスクワ郊外のどこかで栽培したものだ。

ところが、モスクワの中華レストランでニラやターサイが使われている料理に出くわしたことはない。ロシア人の口には合わないのだろうか。それともレストランに供給できるほど、安定収穫が期待できないから? 一番気になるのは、その栽培場所だ。

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03.06.06

結婚式の情景

ロシアの結婚式は、日本のやり方とはかなり違う。ザクス(ЗАГС)という戸籍登記所で書類にサインし、身分証に結婚したことを記載してもらう。指輪の交換をやったあと、レンタルしたでかい車に親族が分譲して市内の新婚さんが詣でる名所を回る。最近はリムジンをレンタルする会社もあり、派手なクラクションを鳴らしてザクスから無名戦士の墓やすずめが丘などを巡るのである。その傍若無人さは年々度を増すようで、ザクスがあった我が家の前の道は、土曜日ともなると新婚さんの車が大往来だった。

名所を回る先々で同行の者から祝福を受けるのだが、観光客が出くわす光景はそんな一こまだ。「宴会」の様子はよくわからないが、日本のような堅苦しさはない模様。

もちろんロシア正教会での結婚式も復権している。だがこの場合、新郎新婦が正教の信者であることが大前提。結婚式を行うために洗礼を受ける人もいるらしい。ロシア正教の結婚式は見たことないのだが、「戴冠式」なるものを行う荘厳な式らしい。

いずれにしても、ロシアの新郎新婦は若い。見た目25-26歳だから、実際年齢はそれより5歳から6歳は若いであろう。

左:クトゥゾフスキー通りにある戸籍登記所(ザクス)

右:新婚さんの乗る車
Wedding_car Zaks2

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