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августа 2006

31.08.06

シナモンクッキー

ロシア人家庭のお茶に呼ばれると、たくさんの菓子やらダーチャで取れた果物の加工品を食べさせられる。

菓子はたいてい、奥さん手作りの菓子とチョコレートといった取り合わせだ。写真は、ロシア語の先生の家に「お呼ばれ」したとき、奥さんが実演してくれたシナモンクッキーだ。

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生地はバターに小麦粉と砂糖を練りこんだ普通のクッキー生地。それを丸く伸ばした後、二つに折り曲げてシナモンと砂糖を混ぜたパウダーをちょこっとつける。

焼きあがるとシナモンのよい香りがあたりに広がる。

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30.08.06

新学期を前に

8月の終わりは本屋が異常に混雑する。ロシアの新学期は9月だからだ。新入生は言うに及ばず、親たちはこぞって文具や参考書を買いあさる。

昨今の好景気と少子化で、子供に対する教育熱もすごいロシア人。特にモスクワなど都会では、子供の教育レベルがその子の将来に直結しているため、英語やフランス語で授業を行う特別学校、リセやインターナショナルなどに進学させたがる。

学校でも毎日そうとうの宿題が出され、子供もそれをこなすのに精一杯なんだそうだ。学習塾というものがないので、授業の補講はもっぱら母親ややとわれ家庭教師が行う。ママが子供の宿題を見てあげるのに疲労困憊している様もよく見かけた。

一方で日本の学区にあるような学校は、教育レベルが低く環境が悪いといって敬遠される傾向。また、ベスランの学校占拠事件後、学校に守衛を置いたり子供を磁気カードで管理するようになり、子供が安全な環境の中で学ぶ必要経費が高くなっている。

そういうわけで、教育格差は日本の数倍。エリート大学はソ連が崩壊してもエリートの子弟しか入学できないし、留学できるチャンスも金持ちの子供ばかり。ドロップアウトする子供は圧倒的に貧困層だ。

唯一の慰めは、教育熱が中国や韓国のような熱狂性を帯びていないことくらいか。

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27.08.06

在りし日のホテル・モスクワ

2003年7月、赤の広場の横にあったホテル・モスクワ(Гостиница Москва)が再建のため閉鎖された。Plate_1

Hotel_moscow 写真はホテル営業が終了し、もうすぐ解体工事が始まるというときにあわてて撮ったものである。

モスクワは経済の好調を反映して、空前の建設・再建ラッシュ。次々と古い建物が取り壊され、新しいビルが建てられている。中には歴史的建造物もあるのだが、いかんせん老朽化が激しく、新インフラに対応できない。モスクワ市長・ルシコフ氏の意向もあり、一般居住用アパートでさえ住民を退去させて建てView_from_red_square Entrance 直すことも盛んに行われている。

郊外の高層アパート群を「モスクワの摩天楼」と呼んだ人もいるが、なんだか安っぽくてどうもしっくりこない。よほどの国家的財産でないかぎり、モスクワの古い建物はこの先次々と解体・再開発されていくだろう。

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25.08.06

1周年

このブログを開いて1年がたった。帰国して1年3ヶ月、まだまだ書くことはあるので、このペースでぼちぼち書いていきます。

這場博客開通了滿一年了。回國過了一年三個月,還剩下該寫的東西,我希望以現在的地歩来寫下去本博客。大家請多多指教。

Сегодня годовщина открытия моего блога.
Ещё есть темы, о чём хотелось бы написать,
и я буду продолжать этот блог.

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22.08.06

サドーヴァヤ徒歩一周

Sadovaya_1 散歩が至上の楽しみだったモスクワライフの中で、市内を一回りするサドーヴァヤ通りを歩いて一周してみたいと思うようになった。決行したのは98年夏。

アルバート通りと交わるあたりから時計回りにスタートし、再び外務省(МИД)前まで戻ってくるのに約3時間半、途中トイレ休憩などもはさんでのタイムだ。

普段は地下鉄やトロリーバスで移動しているから、細かなところまで観察できない。歩いてみるとこんなところにこんな店があったとか、重厚な建物の本当のサイズなどが実感できる。

Sadovaya_2 通りの様子がおもしろかったのはサドーヴァヤ・サマチョーチナヤとカロヴィ・ヴァールのあたり。ちょっと昔風のウィンドーショッピングが残っていた。地下鉄クールスカヤやパヴェレツカヤのあたりもけっこうこまごました店があって興味をそそられた。

半時計回りもやってみたが、残念ながら一周まで至らなかった。Sadovaya_kurskaya_1

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15.08.06

スタカンチク

Stakantik1_1

夏はどうしても冷たいデザートがほしくなる。でもモスクワくらいの夏の気温では、せいぜいアイスクリーム。果実の多いシャーベットもあるが、やっぱりアイスはオールシーズン食べている。

最近は、マクドナルドのソフトクリーム、ネッスルやエスキモーなどの外国産アイスも人気だが、ロシアの国産アイスの方が素朴でおいしい。私が愛食したのは、コップの形のコーンにバニラアイスを入れた「スタカンチク」(意味もずばり、「コップちゃん」)。しかも、地下鉄フィリ駅最寄にある「アイス・フィリ」社のものが好みで、小腹がすくとよくキオスクで買っていた。一袋12~20ルーブル。キオスクによって値段が少しずつ違う。

Stakantik2_1 バニラのほかにも、チョコ味、ストロベリー味などがあった。


 

 

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14.08.06

いわゆる「外タレ」のモスクワ公演

マドンナがモスクワにやってくる。3万枚のチケットが4日間で売り切れた。コンサート会場は雀が丘だそうだ。

Rod_stewart19970051いわゆる「外タレ(外国人アーティスト)」のコンサートは1999年あたりから盛んになってきた。ソ連時代、来たくても来られなかったからか、モスクワ公演が金になると踏んだのか。それともモスクワでコンサートを行うことで、キャリアに箔をつけるためか。

ソ連時代にコンサートをやった最初の「外タレ」は、ビリー・ジョエルとジャン・ミッシェルジャールといわれている。ロシアになってからのビッグネームでは、1999年のローリング・ストーンズに始まり、ポール・マッカートニー、ビョーク、スティング、ジャミロクアイなど。私が見に行ったのは、マーク・アーモンド、ロッド・スチュワート、デペッシュ・モードだ。Marc_almond1997 日本で見るよりずっとお得な値段で観れた。ブリトニー・スピアーズは、本人のコンサートかと思ったら、実はビデオコンサートだった。

日本人アーティストもけっこう来ている。ただし、クラブなどで演奏するのがメインなので、一般受けではなく、「通好み」な人選。FMドフトエフスキーなどがその手の日本人アーティストをよく取り上げている。一番人気があったのはピチカート・ファイブ。惜しまれながらモスクワで解散前のライブを行った。

Depeche_mode1998

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13.08.06

トリリンガルな売り子嬢

コスイギン通りに面するアリョーノク・ホテル(Гостиница Орлёнок)。韓国資本のホテルとして以前から有名である。テナントには韓国料理レストラン、怪しい和風居酒屋、美容室、カラオケ、カジノ、ストリップクラブなどがあり、モスクワ在住の日本人はたいてい足を運んでいるはずだ。

このホテルには小さな食材店もあり、韓国や中国の食材が手に入る。中でもうれしいのは本場の味のキムチとどっしりとした固めの豆腐だろう。

いかにも韓国人っぽい中年の男女、そして若い娘が食材店のレジを守っている。若い売り子嬢は客待ちをしながら、いつも韓国語の新聞を読んでいた。私は彼女と普段ロシア語でやりとりしていたので、てっきりモスクワに出稼ぎに来た韓国人だと思っていた。ところが、知り合いの中国人が「今度中国語でしゃべってみなよ、彼女話せるから」と言うので、半信半疑で中国語で話しかけたところ、「私は中国の朝鮮人自治区から来た」と答えるではないか。確かに彼女の振る舞いは中国人っぽく、出自から考えると彼女の話す韓国語とは、イントネーションが若干異なる朝鮮語であったのだ。それ以来、彼女との会話はロシア語・中国語のチャンポンとなった。

古来、商人は語学の才に長けているが、彼らを見るにつけ日本人はちょっと分が悪いと思わざるを得ない。Kimchi

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11.08.06

フォメンコ演劇工房(Мастерская П.Фоменко)

フォメンコ演劇工房は、来日公演も果たしている。モスクワ演劇大学で教鞭をとっていたピョートル・フォメンコ教授が、自分の学生を組織して作った学生劇団が前身。その後プロとなり、今ではいろんな賞を総なめするようなモスクワを代表する演劇集団となっている。

フォメンコ演劇工房は自宅から一番近い劇場で、トロリー1本で行ける。もともとは映画館だったため、舞台はかなり小規模だ。チケットはいつもほぼ完売、しかも当たり演目だと1枚2000ルーブルは軽くいく。私はたいていその日の劇を見られなくなった人から「余り券」を買っていた。最近はマールィ劇場別館をかりてやっているので、こちらのチケットが求めやすいかもしれない。Teatr_fomenko_and_3rd_exps

最も印象に残っているのは、ドフトエフスキーの「白夜(Белые ночи)」。まずはその舞台美術に衝撃をくらう。猫の額のような舞台が、縦空間をうまく使うことで、とてつもない広がりを得る。客席から舞台の奥へ棚田式に舞台装置がしつらえてあり、俳優たちはその間を縫うように移動する。まるでペテルブルグの水路を渡る橋のように見えるのである。シルエットとモノローグの効果も見逃せない。白夜なのに陰影が濃いのは、ヒロイン、ナースティンカとの恋が悲恋に終わるせいか。

話題となった「家庭の幸福」「ある完全に幸せな村」は、度重なるチケット争奪戦に敗れ、とうとう行けずじまい。ぜひ来日公演では演ってほしい演目だ。

このほか、一人芝居「狂人日記」も印象深いが、これはまた別の機会に。

Belye_nochi0050_1 

Кутузовский просп. 30/32     Tel:249-1136

最寄地下鉄駅:Кутузовская

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09.08.06

東洋医学

モスクワ南西部のユーゴザーパドナヤ地下鉄駅付近で、下のような看板をみかけた。ここ数年、こうした東洋医学系のクリニックが増えている。主要な診療項目はマッサージや鍼だが、本格的な漢方薬を処方するクリニックも現れた。

地下鉄ノヴォスロボッツカヤにある中国系デパート「ドゥルジバ」(Дружба)には、中国人薬剤師が常駐し漢方の処方をしてくれる。同デパートにはマッサージ室もできていた。しかし、日本では発売禁止となった減肥茶や正体不明の精力剤みたいなものも多く売られている。

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06.08.06

ズヴェニーゴロド

Zvenigorod_wall_3Zvenigorod_villageモスクワ郊外から西へ約70kmのところにあるモスクワ公国の古都、ズヴェニーゴロド(Звенигород)。その観光ポイントとなっているのが、1398年に要塞として建てられた丘の上の修道院、サーヴィノ・ストロジェフスキー修道院(Саввино-Сторожевский монастырь)である。

日本の城郭を思わせるぐるぐるとした坂道を登りきると、修道院の入場券売り場に到達。修道院めぐりをするときのお約束、スカーフ巻きはバッチリOKだった。ところがチケットを買って中へ入ろうとすると、係の修道士が「そこのお嬢さん(ロシアではたいていお嬢さんと言われていた)、ジーパンはダメだよ、スカート穿いてね」と言う。「え?でも今日はこれしか着てきてないんだけど・・・」「心配ないよ、うちにはコレが用意してあるから」Clothes

そういって手渡されたぺろぺろの巻きスカート。周りを見回すと、やはり同じような格好をした観光客の姿が。ジーパンの上に巻きつけると、ほとんど中央アジアな人になってしまった。

気を取り直して見学に励む。

Zvenigorod_churchサーヴィノ・ストロジェフスキー修道院のメインは白亜の壁が美しいラジジェストヴェンスキー聖堂(Рождественский собор)。建設されたのは1405年というから、モスクワのクレムリン教会群より古い。所蔵するイコンの数は全部で57、礼拝堂は床から天井までびっしりイコンである。

度重なる戦闘で何度も破壊されながらも、建設当時と変わらぬ姿を保持しているこの修道院、敬愛するアンドレイ・ルブリョフのイコンも拝むことができ大満足だったが、残念ながら名物の鐘は改修中で聞くことができなかった。

Zvenigorod_3

Monastery_wall_1

Zvenigorod_angel

Monastery_cat ←修道院のネコ

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05.08.06

Сплинのコンサート

Сплин(スプリーン)といえば、ローリングストーンズの初回モスクワ公演前座を務め、アメリカ独立記念日イベントにも招かれたロシアンロックの実力派バンド。1997年当時は、彼らの3枚目のアルバム(?)「ザクロのアルバム(Гранатный альбом)」がブレークして、ムーミィ・トローリと人気を二分していた。モスクワロックの殿堂、Д.К. ГорбуноваSplin1998 (ガルブーノフ文化宮殿)でコンサートを行ったのもこの頃。

翌年にはモスクワ市南部の公会堂のようなホール、”メリディアン”にてコンサート。「経済危機でたいへんな中、僕たちのライブに来てくれてありがとう」と若い聴衆に感謝する姿に大感動だった。ペテルブルグが本拠地のバンドは、浮ついてなくてほんとに好きですわ。

Splin_19990063 しかしその後、(特にファーブリカが始まってからか?)ストレートなロックは、ロシアの若い連中に好まれなくなっているらしく、方向転換を迫られているような感じだ。

ロシアのコンサートは著作権がうるさくなく、暴動を起こす道具以外のものなら、カメラ・テープの持込OK。携帯カメラでの撮りまくりもおかまいなし。というわけで、当時、私もバカチョンカメラでステージ写真を撮っているのだが、現在ネガごと行方不明。

----->ネガがみつかった。以下はコンサートの様子。Spleen

Concert1 Concert2 Concert3 Concert4

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03.08.06

モスクワで涼をとるには

A新聞の別冊版で、ロシア人の汗腺は日本人より数十万個少ないことを知った。さもありなん、彼らは気温が30度近くなると、とたんにバテ始める。工事をやってるおっちゃんなどは、すでに上半身裸状態。道行くおねえさんもおばさんも露出度が高くなる。極めつけは河川敷での甲羅干しだろう。Fountain1

街中では暑さに耐えきれなくなった若者が噴水に飛び込む。子供たちも公園の噴水で水遊び。湿度が低いので木陰は涼しく、日没はまだ遅いため夕涼みも午後9時くらいまでくらい楽しめる。

ここ数年は温暖化の影響で非常に暑い夏だった。しかし、8月の声を聞くと一気に20度を切る日も出てくる。モスクワは一足先に晩夏に入った。Fountain2

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