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ноября 2006

30.11.06

ボリショイ劇場見学記

日本人になじみ深いバレエやオペラの殿堂「ボリショイ劇場」。意味は単なる「大劇場」だが、「ボリショイ」という名称の持つブランド力はたいしたものだ。ところが、私のボリショイ観劇体験はたったの3回。いずれもバレエ鑑賞で、途中で寝てしまった。Img_1047

Img_1054 それにしても、あの劇場はなぜあんなに人気があるのか? バックステージはどうなっている? ボロボロの劇場外観に反して、常に高く評価されるステージ内容、主役級のダンサーはともかく、群舞のダンサーの勤務ぶりはどうなのか。気になることは山ほどある。

もちろん、ボリショイが無料で内部を見せてくれるはずはない。見学はあくまでも外国人向け、しかも有料(けっこうな値段)、プリマの練習は非公開、というのが基本条件だ。たまに有名ダンサーがレオタード姿のまま廊下を通り過ぎる。それがせめてもの特典である。Img_1056

Img_1057 ボリショイ劇場の一番の自慢はなんといっても建物そのもの。舞台の下にある回り舞台装置とかホールの音響などが見学の主要テーマ。床下に猫が住みついて、いつも猫のおしっこくさいというのもガイドの常套句。お金がないので緞帳にソ連マークが残っているとか、練習用の舞台では床が斜めになっているとかいうことも、見学者に話すべき「話題」とされているようだ。

唯一見学が許されたバレエのけいこ場。踊っているほとんどのダンサーが東洋人だった。そして衣装室。所狭しと並べられたチュチュは、優美なバレエ世界とは遠くかけ離れた現実世界。無造作におかれた衣装箱には、日本公演で使われたことを偲ばせるステッカーが残っている。ステージ上では、その日のオペラ公演準備が着々と行われていた。

とどのつまり、既成の見学コースで私の疑問が解けるはずもない。というか、知らない方がいいのかもしれない。

Stage Stage2

Box

Costume Costume_room Iron_room Mirror

http://www.bolshoi.ru/ru/Img_1059

Bolishoi0156

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29.11.06

中国按摩&漢方薬

Kanti0143 エステをはじめ、美と健康に関心を注ぎ始めたロシア。リフレクソロジーの流行も時間の問題と思っていたら、ついに登場中国按摩の店。

地下鉄ノボスロヴォッツカヤ駅にある中国資本のウニベルマーグ、「ドゥルージバ (дружба)」内。その名も「康体」という。一応、施術者は中国按摩の有資格者だそうだが、なぜか出入りする兄ちゃんたちが怪しげだったので、私は按摩を受けずに退散。

同じく「ドゥルージバ」には漢方薬局もある。こちらは北京中医学院の処方箋も受け付けてくれる、わりとちゃんとした漢方薬局。葛根湯や朝鮮人参をベースとした風邪薬はここで購入した。ただし日本では発売禁止となったやせ薬もそのまま売っているので、要注意かもしれない。

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27.11.06

私が行ったモスクワの日本食レストラン

日本食ブームはとどまるところを知らない。おかげで魚資源が枯渇の憂き目とか・・・。そういえば私がモスクワにいた間、いくつ日本食レストランができたであろうか。

あるものは正統派、あるものは怪しげ、そしてあるものはロシア人従業員に乗っ取られた店など。お客はたいていロシア人。箸を使えることが一種のステータスとか聞いたが、たしかに店の外にはメルセデスやポルシェなどの高級車が止まっている。

日本人板前が来てオープンしたばかりのレストランは、ちゃんとした日本食の味がする。しかし、日本人板前がいなくなったり違う店へ指導に行っている間に、いつのまにか正統性が失われ、ロシア風日本料理、またはアジア風日本料理(板前が中国人だったりすると)になってしまう。

特に寿司は洋食のサイドディッシュと化し、ピザ屋の一角に寿司バーができたり、オードブルに寿司が出たりする奇妙な現象が。

したがって、きちんとした日本食を食べられるのは、そのレストランができて半年(あるいは1年)以内だ。それ以後行くと、味が変わっていたりする。

Kamakura0133

Ichibanboshi0137  Ris_i_ryba0132Rikyu0129_1

左から、「鎌倉」・・・日本人会忘年会ご用達料理店だった。定食が美味。板前さんはまだモスクワでがんばっているだろうか。

「いちばんぼし」・・・酒販売許可が店のオープンに間に合わず、店の主人は日本酒を「水」だと称して日本人のみ密販売。ウエートレスに中国人を多く採用していた。

「リス・イ・リーバ(米と魚)」・・・モスクワで最初にできた回転寿司レストラン。サーモンばっかり流れてくる。

「リキュウ」・・・とにかくインテリアがおしゃれ! 刺身の量もロシア人向け。日本食を独特の感覚でアレンジしたフュージョン料理的レストラン。

このほか、一大チェーン店「ヤキトリヤ」、「銀の滝」とか「サッポロ」とか「トーキョー」とかいろいろあった。我が家の近所は「貴婦人」というのがあったがついぞ行く機会なし。100メートル先にあった寿司レストランでは、マフィアの抗争があり殺人事件も起こった。

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26.11.06

モスクワで見たライブ アリサの巻

ヴィクトル・ツォイ率いる「キノー」が、すでに伝説のグループと化してしまったのに対し、「アリサ Алиса」はレニングラードロックの雄として今もバリバリの現役。おじさんバンドとして、DDT(ДДТ)やアクアリウム(Аквариум)と共に、不動の人気を誇る。

アリサの「Trassa E-95」をMTVで見て私はそのストーリー性ある展開に、すっかりはまってしまった。そこで1999年春、ガルブーノフ文化宮殿でのライブに行ってみた。

80年代のような毒々しいアイラインはないものの、コンスタンチン・キンチェフのパフォーマンスは矢沢栄吉のようだった。観客は大半がティーンエイジャー。中にはパンクの格好の子もいる。こぶしを振り上げて歓呼するが、あまり一体感があるライブとは感じられない。ロシアでのハードロックの位置が、非常に微妙なものであることを実感してしまった。

ちなみに、コンスタンチン・キンチェフは大の釣りキチである。釣り上げた魚を両手で掲げて微笑むさまから、とてもロックシンガーであるとは想像できない。A95

Alisa_19990064

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25.11.06

忘れられないCMたち その1

「所変われば品変わる」の諺どおり、ロシアのコマーシャルも独特の感性(誇大広告?)にあふれている。今日は私の記憶(2002-05)に強く残っているいくつかをご紹介。

1.熊ビール・・・正式名「三頭の熊」。学芸会のような舞台の上に熊が数頭、はしごをもっ     て登場。一頭の熊がはしごを上ってビールをアピールすると、とたんに幕を引くくまが出て くる。いくつかのシリーズが放送された。

2.固形スープの素・・・マギーだったかクノールだったか忘れた。アパートの上層階の台所で夫婦がくだんの固形調味料を入れて料理をしている。すると路上を歩いていた通行人がにおいにつられてその階まで空を飛んでしまう。夫婦が台所の窓を閉めたので、通行人は地面に落下。

3.掃除機・・・たしかLGの掃除機だったと思う。豪邸に住む掃除中の奥さんがうっかり2階の踊り場から花瓶を落下させる。アレーっと思いきや、とっさに掃除機の吸い込み口を落ちていく花瓶に向けるとアラ不思議。吸い込み口に吸着した花瓶は、落ちることなく無事奥さんの手元に戻ったのだった。。。。                                           

4.生理用品・・・女がシャワーを浴びている。同居の(?)男が彼女のバスタオルを隠す。女、シャワー室から出てきてタオルを探す。しかし見当たらない。ふと目に留まった生理用ナプキン。彼女はこれで体中の水気をふき取り、涼しい顔で出てくる。あっけにとられる男。---->(改題)この生理用ナプキンの吸収力はこんなにスゴイ。

5.IKEA家具・・・「自分の手で作ろう!Своими руками!」という最大のキャッチコピーのもと、3~4シリーズがある。ノッポさんをロンパリにしたような男の人と「息子」風の男の子が、奇妙奇天烈な作品を作り上げる。

6.Компомос(コンポス)ソーセージ・・・娘・息子が母と夕食にソーセージを食べている。父が仕事から帰ってきて、息子とタッグを交わす。ところがその衝撃で、父ははねとばされて壁を打ち破る。

7.新聞「ガゼータ(Газета)」紙 ・・・会社の上司が新聞を持ってトイレに入る。ふと気づくとトイレットペーパーがない。上司、しばらく手にしている新聞とにらめっこ。場面変わって、上司が涼しい顔でデスクにつく。広げた新聞は上半分が破られている。何食わぬ顔で新聞を読む上司。コピー「Ни оторвать Ни оторваться..」が流れる。

8.家電量販店エルドラド(Эльдорадо)・・・CEO自ら、販売講習会で店員に檄を飛ばす。頭金(Первый взнос)0ルーブル、ローン利子0%、ローン機関10ヶ月、手数料0%。復唱させるCEO。ところが店員の一人がなぜ利子が0%なのか質問したのでCEOは頭をかかえる。

9.スポーツ用品・・・暗い倉庫の中で、男女4-5人がなにやら長細い金属のものをもって戦闘態勢の準備。装備が完了するとともに倉庫が開き、実はスキーウェアの準備だったことがわかる。男女が雪山を滑っていたあとに、Спорт Мастер(スポルト・マステル=Sport Master)のロゴ。

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24.11.06

クトゥーゾフスキー・プロスペクト(Кутузовский проспект)

ナポレオンからロシアを守った名将クトゥーゾフの名を冠したこの大通りは、別名「大統領の出勤路」と呼ばれる。片道6車線はあろうかという広い通りは、クレムリンから西へと突っ走り、高級住宅地ルブリョンスコエ・ショッセと交わり、果てはミンスクへと向かう。この通りにはパリの凱旋門にも似た「凱旋門」も立っている。Photo

石造りの巨大な建物が左右に居並ぶ様子は壮観だ。散歩しながら建物を観察していると、アンドロポフのレリーフを見つけた。マイヤ・プリセツカヤもこの通りに住んでいたらしい。そうそうたる人物が住んだ建物を見ながら、当時の彼らの生活ぶりを想像するだけでも楽しい。

90年代は小規模店舗もキオスクも多く、散歩して楽しかった通りだった。新世紀になったとたん、キオスクを締め出す政策が取られブティックが激増。今やモスクワ版表参道という感じになってしまった。交通混雑もひどいし気軽に立ち寄る店がなくなってしまったのはさびしい。・・・と、つい愚痴ってしまいたくなる私のホームベースである。

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23.11.06

アナスタシア・ボルチコヴァ

体重過多のせいでボリショイ劇場を解雇されたプリマ、アナスタシア・ボルチコヴァ。Anastasya_volotikovaしばらくマスコミをにぎわせていたが、最近の動静はほとんど伝わってこない。

知人がチケットを「裏入手」したおかげで、私も彼女の舞台を見る幸運に恵まれたのが2004年11月。クレムリン大会宮殿で観た。

それほど期待していなかったが、彼女のバレエ技術は「平凡」だった。踊った演目がほとんどソロだったせいもあるが、一緒にいたバレエ経験者が「あれくらいのパ(pas)なら、自分にもできる」と言っていたくらい。

バレエ界でぬきんでるためには、技術や芸術性に加えて、強力な個性が必要だ。彼女は非常に華のあるバレリーナであることはまちがない。しかし残念ながらアナスタシア・ボルチコヴァの場合、彼女の個性がバレエを極めることを邪魔しているようでならない。

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22.11.06

ブックフェア

Book_fair0151 毎年、ВВЦ(全ロシア総合展示場、最寄地下鉄駅ВДНХ)で開かれるモスクワブックフェア。所狭しと並んだパビリオンに、「読書好き」な国民性として名高いロシア人が集う。書店での販売価格より安く、輸入書籍も版元価格なのが目玉だ。

モスクワでは本の価格は本屋が決めるオープン価格制だ。だから安く入手しようと思ったら、どこの本屋ならどんな分野が安いということを把握する必要がある。

しかも、「見つけたら買え」の法則は今でも生きているため、購入タイミングは非常に大事。こういうブックフェアでは、幸運にも希望の書籍に出会えた人が、抱えきれないほどの本を買ってホクホク顔で帰路についていた。

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18.11.06

カジュアル衣料ショップ

ユニクロがニューヨークに出店。カジュアル衣料としてはセンスもよく手頃な値段なので、けっこう好評がよいと聞いた。それなら、ぜひモスクワにも出店してほしいところだ。たとえMade in ChinaでもMade in Turkeyでも、ユニクロのデザインと品質管理を以てすれば、モスクヴィチカの評判を得ること請け合いである。

とにかくモスクワは服が高い。衣料品専門の卸市場「カニコーヴォ(Коньково)」でも、割安感はまったくない。中国人市場があるチェルキーゾフスキー(Черкизовский)市場も、「安かろう悪かろう」の品が並ぶ(こういう商品のことをキタイスカヤ・ツェナー=chinese priceというらしい)。

お金のある市民は、ショッピングセンターのテナントやブティックへ。ユニクロやGAPなどに一番雰囲気が近いカジュアル衣料店はESPRIT、OSTIN、そして「衣料界のマクドナルド」ともいうべきベネトン(どんな町にもあるという意味で)である。

服が高くてもモスクワ市民が小奇麗に見えるのは、いったいどういうわけか。私の知人曰く、洗濯機の普及が遅れていて手洗いが多いから服がボロくならない、と推測していた。しかしシロモノ家電が一般化した昨今、その主張はいまひとつ説得力に欠ける。

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17.11.06

ミニメトロの風景

New_metro 2003年から次々開通している新しい路線がある。通称「ミニメトロ」と呼ばれていて、これまで開通していたメトロ路線よりも短い走行距離・少ない列車の連結数・モスクワ市とモスクワの飛び地を走るなど、今までのメトロとは違った特色を持つ。

私が初めてミニメトロに乗ったのは2004年に入ってから。なんとなく走りに不安定感がある。それにも増して驚いたのが車窓の眺め。建築中放置されたような高層アパート、掘り返されたままの地面、入居まちにして早くも朽ち始めた建物など、新興住宅地なのか廃墟なのかわからないような風景が広がる。

膨張し続けるモスクワだが、ミニメトロの走る場所は中心部から押し出される人たちの掃き溜めのように見えた。

Minimetro Бутовская линия

http://news.metro.ru/fotoll1.html

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16.11.06

モスクワのコリアン料理

Ureok0141日本料理がブームになる前から、ロシアには韓国・朝鮮料理店が定着していた。

ユーゴザーパド地区にあった伝説の北朝鮮料理店「オジャッキョー」をはじめ、多くの東アジア人にとって食の郷愁を満たしてきたコリアン・レストラン。ちょっと野菜が食べたいな、栄養を補給したいなというときは日本料理店ではなく韓国・朝鮮料理店へ行くのが常であった。

モスクワで日本人に人気があったのは、ホテルアリョーノクに入っている「ウーリ」(チヂミが最高においしい)、モスクワ川べりの「白鶴」(韓国大使館職員が多い)、アルバート近くの「シーラ」(ちょっと敷居が高い)など。そして私がビビンバだけを食べに通った庶民的な「ウレオク」(写真)。

もちろんすべての店は韓国式のサービスで、オーダーすれば5~6種のキムチやナムルが無料でつく。ロシア語でも充分だが、カタコトの韓国語をしゃべるとサービス度アップというもの楽しかった。

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15.11.06

動物チョコ

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日本では動物の形をかたどったクッキーなどが比較的ポピュラーだが、モスクワでは左のような動物チョコを見かけた。

マーケットでは売っておらず、もっぱら入手先はルィーノック(市場)や駄菓子屋みたいなところ。キロ当たりいくらで売られていた。

ぱっと見、干支のようだが、ネコなどロシア人好みの動物が必ず入っているところが特徴か。

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13.11.06

親子で楽しむ?ロックコンサート

このごろ懐メロづいている私。旧ソ連の音楽などをよく聞いている。

ところで、ロシアにはソ連時代から活動している長寿バンドも多い。ロシア人は若くして結婚し子供ができることも関係しているだろうが、息の長いバンドには2世代にわたるファンも珍しくない。

私が観に行ったチーシュ・イ・カンパーニー(Чиж и Со.)とノーグゥ・スヴェーロ(Ногу Свело、このコンサートはマラリニィ・コデークス Моральный Кодексとのジョイントだった)、いずれのバンドのコンサートも親子連れが多かったのには驚いた。日本で言えば団塊の世代が親子連れで妻恋に来ているような感じだったからだ。ただし、親の年齢は「団塊世代の親」よりかなり若い。

新陳代謝が激しい昨今のロシアポピュラー音楽界。今世紀半ばも親子でロックコンサートが楽しめる光景が見られるだろうか。

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Nogu_and_moraliniy_2 Nogu_and_moraliniy_1998

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11.11.06

タガンカ劇場 Московский Театр драмы и комедии на Таганке

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Na_taganke0089 赤と黒が鮮烈な印象を残す劇場マーク。すでに何度も来日している世界的に有名なタガンカ劇場のシンボルだ。演出家、ユーリー・リュビーモフの激動人生と新奇に富んだ演出もさることながら、世紀の俳優ウラジーミル・ヴィソツキーを排出したという点で、この劇場はロシア演劇史上重要な足跡を残している。

ただ、ソ連時代のタガンカを知っている人にいわせると、この劇場はもはや「守り」に入っているそうな。たしかに看板演目のひとつ「巨匠とマルガリータ」は後発の劇団の方がダイナミックで深い解釈が施されている。

2005年に創立40周年を迎え、「これまで、そして、これから(До и После)」を発表。プーシキン、アフマートヴァ、ゴーリキィ、エセーニンなど、舞台にまつわるさまざまな芸術家の詩をコラージュした内容で、劇団がこれまで演じてきた「演目の歴史」がオーバーラップする。しかしこうした斬新なアイデアも、今のところリュビーモフによって生み出されているわけで、彼の後を継げるようなカリスマ舞台監督が出現するかどうかが注目される。

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www.taganka.theatre.ru

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10.11.06

ロシア人の留学熱

オイルマネーで潤うロシア。特に首都モスクワにはその恩恵を享受した裕福な子弟が多い。中国人の「望子成龍」ほど強烈な教育熱はないが、豊かな家庭の子弟は外国留学を目指す。特に男子には兵役を免れる有効な手段として留学は重要だ。

モスクワで年数回開かれている、こうしたニーズに応える留学フェアはいつも外国留学を望む学生たちでごった返す。Study_abroad_fair0150 留学希望組のほとんどがイギリスやアメリカの留学を希望。さらにフランスやドイツ、北欧と続く。

近年は韓国や中国からの誘致も盛んだ。日本からはわずかに2校の日本語学校が来ていただけ。しかも韓国のパビリオンに比べると圧倒的に見劣りする内容だ。

さて、学生に混じって留学フェアをめぐってみた私であるが、改めてロシア人学生の留学熱に圧倒された。留学することが人生の成功者への鍵であるかのように見える。しかし自国の教育だけでは厳しい競争を乗り切っていけないことを一番よく知っているのは、当の学生自身なのだ。

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09.11.06

オフラーナとプロープスク

日本でも警備員を置く店が増えてきた。監視カメラもあちこちにあり、なんとなく物々しい。ただし、ロシアのように警備員が武器を携帯しているわけではないので、それほど恐れる必要はない。

1997年、レストランの警備員(охрана オフラーナ)が機関銃を持っているのを見て衝撃を受けた。サービスを提供するレストランでおよそあるまじき組み合わせ。その後、機関銃とまではいかないが、武装した警備員が店の出入り口にいるのは当たり前という感じになった。

警備社会であるロシアは、プロープスク(пропуск 入構証)社会でもある。警備員が常駐している建物では入構証の提示が必須。持っていないときはビューロー・プロープスク(入構証発行所)とかアドミニストラーッツィア(支配人室)などへ行き、身分と用件を述べてプロープスクを発行してもらう。ところによっては、自分のパスポートを預けていかなければならないし、手数料を要求する悪質管理人もいる。

そういうわけで、パスポートとビザを常に必携なロシアで、プロープスクも常日頃持っていなければならない。全部ひっくるめて首からぶら下げていたことがあったが、あまりにも見苦しいので1日でやめた。

Propsk

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04.11.06

地域ネコ・シロちゃんの思い出

Shirochan2モスクワで初雪が降ったと聞くと、まっさきに思い出すのが近所に住んでいた野良猫・シロちゃんだ。

頭のてっぺんに墨汁で一筆書いたようなしるしのあるその猫は、私の住んでいたアパートの近所の中庭をねぐらにしていた。「シロちゃん」とは私が勝手に命名したもので、ロシア人は名前なぞ特につけていなかったようだ。

買い物の行き帰り、シロちゃんは私が来るのを知っているかのようにどこからともなくやってきて、ミャウミャウと鳴く。ときどきソーセージの切れ端やネコ缶などをやると喜んで食べる。それでも我が家までついて来なかったのは、もっといいエサを恵んでくれるパトロンがいたためか、真の自由愛好家だからだったからだろう。

最後に会ってからすでに丸2年。今もどこかで元気に過ごしているだろうか。

Shirochan

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03.11.06

クラブ 「タブラ・ラーサ」

キエフ駅からバスかトロリーでモスクワ川沿いにモスクワ大学方面へ行く途中に、クラブ「Tabula Rasa」はあった。近隣は給湯工場ТЕЦと第三環状道路。とてもライブハウスがあるような場所に見えない。

ところがこのライブハウスは、毎晩日替わりで、ノーグ・スヴェロー、モンゴル・シューダン、マンゴ・マンゴ、ドヴァ・サマリョータなど個性的なバンドがライブを行う、モスクワのライブシーンでは老舗のひとつだった。

残念ながら2002年、火災のためクラブは地下鉄フルンゼンスカヤ駅のMDMビル内に移転。その後の動向はいまひとつよくわからない。ホームページがなくなっているところを見ると、おそらくつぶれてしまったのだろう。現在、当時の雰囲気を残しているクラブは、たぶん「16トン」だけかもしれない。

http://chefmoz.org/Russia/Moscow/Tabula_Rasa1041036276.html

Tabla_rasa Tabla_rasa2 http://www.parter.ru/performs.asp?performer=1641&ulang=ENG

http://www.mashina-vremeni.com/phpBB2/viewtopic.php?t=3719

http://www.go-magazine.ru/venues/show/2303

(写真はBerezhkovskaya Nab, 28に会った頃のタブラ・ラーサ)

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