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апреля 2007

29.04.07

現代劇派劇場 Школа современной пьесы

Modern_works0160

Modern_works0162

Modern_works0161

「シュコーラ・サヴレメンノィ・ピエッスィ」。長たらしい劇場名なので、友人同士では「天使の劇場」と呼んでいた。

シンボルマークは鎌とハンマーをもったふたりの天使。まじめなのかふざけているのかわからない図案である。

舞台ホールは二つあり、それぞれ小ホールにあたる「夏のホール」(летний зал)、大ホールにあたる「冬のホール」(зимний зал)と呼ばれている。なんとロマンチックな命名であろうか。

前者は小屋のような雰囲気の舞台で、おもに実験的な前衛演劇に使われる。観客は高いところに座らされ演者を見下ろす。狭い空間を最大限に利用するため、はしごや階段が多用されるため、こちらでの演目はアクションより語りが中心となる。初めて行ったのがこっちの舞台で、「劇場内にトイレはありません」と書かれたポスターを見てぎょっとなった。実はロビーと裏がつながっていて、パニックは杞憂に終わった。

後者はいわゆる典型的なステージホール。立派な椅子と絨毯がしつらえてあり、あまりにも典型すぎてがっかりするくらいだ。Shukola_sovremennayie_nieciy

この劇場ではチェーホフの「チャイカ」が2バージョン見られる。一つはクラシックな「チャイカ」。もう一つはボリス・アクーニンが脚色した「サスペンス・チャイカ」である。しかし、クラシックなチャイカとはいっても演出はかなり奇抜でモダン。モスクワ芸術座やマールィ劇場のものとは比べられない。オグジャワともゆかりのあった劇場なので、詩の朗読劇やワークショップも多彩に行われている。演劇に興味のある人はぜひ一度足を運んでもらいたい劇場である。

http://www.neglinka29.ru/ru/theatre/

Неглинная уНеглинная ул., д. 29/14,
ст. метро «Цветной бульвар»
л., д. 29/14,
ст. метро «Цветной бульвар»Неглинная ул., д. 29/14,
ст. метро «Цветной бульвар»

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27.04.07

バスの中から見た風景 その1

地下鉄アヴィアモトルナヤから東へ向かうバスの車窓。

民家と工場がないまぜになった地域を行く。

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24.04.07

エリツィン氏死去

持病の心臓病をだましだまし生き延びてきた、ボリス・エリツィン前大統領が死去した。享年76歳。プーチン氏指名と引き換えに一族の安泰を得て、悠々自適の晩年だったといえる。

彼が大統領として世間を混乱に陥れた98年通貨危機の頃、私はモスクワ生活2年目を送っていた。夏休みの最中、なにかたいへんなことが起こった、というくらいしかわからなかった。

しばらくして、いつも行くマーケットの商品棚がガラガラになりだした。売れ残った商品ばかり並ぶようになった。そのうち塩が棚から消えた。これはえらいことだと思い、日本の実家に塩を送ってくれと懇願。いくら政治や経済の混乱にロシア人が慣れているとはいえ、この経済パニックは確実にロシア人の寿命を縮める結果をもたらした。

一方、日露関係は北方領土問題が解決に向けて動き出し、ある意味蜜月といえる関係だった。路上で警察の職務質問を受けても、日本のパスポートの表紙さえ見せれば、ビザを見せなくてもいいときすらあった。

ノーヴィ・ルースキー(新ロシア人)やマフィアはいても、オルガルヒやシロヴィキがいなかった時代。一部の富裕層を除いては、一般ロシア人もまだ貧しさを共有していた時期でもあった。

大統領が交代し、エネルギー景気のおかげでロシア人の生活は格段に向上した。しかしエリツィン時代とは違って、どことなくとげとげしい空気を感じる今のロシア。「クークリ(Куклы)」のような政治風刺番組もままならない。どちらの時代がいいとか悪いとかいうのではないが、エリツィン時代へのノスタルジーというものが強く感じられてならないのであった。

http://www.interfax.ru/r/B/themearchive/317.html?menu=1&id_issue=11719014

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21.04.07

中国語のモスクワ地図

Dscf0006 今年4月1日から、外国人による商売が大幅に規制されることになった。多くの外国人出稼ぎ労働者がモスクワでの就労をあきらめ、国へ帰ったり別の所へ移動している。

1990年代後半から続々流入を始めた中国人労働者やビジネスマン。彼らを対象とした中国語版モスクワ市外地図もそのころから作られ始めた。基本的には漢字による「音訳」だが、たまには「プロスペクト・ミーラ(Проспект мира)」は「和平大街」のような「意味訳」もある。Dscf0007 一般に、中国語による外来語表記は新華社の表記が基準となっているが、知られていない名称については個々人が適当に漢字を当てることになる。そのため、出版物によってまったく違う表記のこともある。

        →アルバート通り(Ул.Старый Арбат)の部分

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19.04.07

モスクワ動物園のアムールトラ

とうとうブログで動画を発表できるようになった。

記念すべき第一弾は、私が愛してやまないモスクワ動物園のアムールトラ。(Amur Tiger in Moscow State Zoo/老虎在莫斯科動物園)

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17.04.07

モスクワの野良犬たち

モスクワは野良犬が多い。たいていは集団となって生活しているが、ときどき1匹でふらふらと地下鉄に乗ってきたりする。乗客らは「切符のいらない乗客」などと言ったりして、気に留めない人が多い。

一方、社会問題となっているのが、野犬による被害だ。犬にかまれる人は年々増加。郊外の地下鉄駅周辺で、野犬の集団が人を襲ったというニュースもよく聞いた。狂犬病汚染地域ではないため、あまり注目されていないようだが飼育放棄による野犬が増えすぎていることはたしかだ。狂犬病予防接種の義務は日本ほどうるさくなく、飼い主の意識も低い。当局による「野犬狩り」も行われているそうだが、効果は上がっていない。「お金持ち」ロシア人の増加で、飼い犬を必要以上の警戒心を持つ番犬に仕立て、通行人を襲わせるケースまであるという。

そんな野良犬の中で、「ロシア版忠犬ハチ公」と最近日本でも話題となったのが、メンデレーフスカヤ駅構内に住んでいた「マールチク」(男の子、という意味)という名の野良犬。すでに故犬(?)となり、レリーフのような銅像がゆかりの地下鉄駅に造られた。

どうひいき目に見ても、渋谷のハチ公の方が凛々しくてかわいい気がするが、彼のようなフレンドリーな野良犬が、殺伐としたモスクワ市民の気持ちを懐柔していたかと思うととてもうれしい。

Dog1 Dog2

←なぜかお賽銭が・・・。

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15.04.07

慢性的交通渋滞事情

車社会モスクワ。聞く所によると外車販売台数は100万台を突破したとか。国産車より外国自動車の方が多い感があったのだが、近年はそれがもっと顕著になったようだ。

Traffic_jam1 自動車の増加に全然伴っていないのが、駐車場と道路の整備。車線が多いため、だだっぴろいはずの幹線道路も、片側1車線ずつ路上駐車に取られれば、一気に広さは3分の2と化す。なにしろモスクワでは縦列駐車ではなく、頭から斜め横入れ駐車をやるのが普通。均等に幅寄せすることもほとんどない。最近は規制が厳しくなっているようだが、金持ちロシア人にとって多少の罰金はたいしたことない。Traffic_jam3

さらに悪いのが道路状態と運転者のマナー。夏の暑さと冬の凍結で道路の傷みは大きい。天気が悪いと信号が見づらく、壊れているときはめいめい勝手に走るためとても危険だ。走行速度は平均時速80キロ。車間距離を詰めて走るのがモスクワ的常識で、ウィンカー出さずに車線変更などは日常茶飯。いったん事故が起これば警察が到着するまで現状保持という原則も相乗して、道路は常に飽和状態である。

FMラジオや携帯端末などで渋滞情報を流しているが、日本のように正確かつ迅速ではない。放送する道路も中心部のほんの少しだけ。また、左折禁止の道が多いため抜け道もTraffic_jam4 限られる。八方塞の大渋滞。一言でいうとまさに交通地獄だ。

私の知人はモスクワ市から少しはずれた所から通勤しているが、最寄の地下鉄駅までバスでゆうに1時間はかかるという。しかもバスはしょっちゅう遅れるそうだ。所要時間が読めず、通勤するだけで大きなストレスだとTraffic_jam2 いう。

Jam2

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14.04.07

モスクワ川クルーズ

観光名物となっているモスクワ川下り。私も客人が来るたびに乗船しているので、かなりの回数乗ったことになる。しかしいつも天気がいいとは限らないので、日によっては甲板に出られず、船内でおしゃべりだけということもある。

客人の案内でなくてもひとりでのんびり川下りするのも楽しい。乗客ウォッチングになるし、誰にも邪魔されずに移り行く風景を堪能できる。

不思議なことに、川下りの風景はどこを切り取っても絵になる。River_cruise0192 特にノボデーヴィッチ修道院からルジニキーを眺めるあたりと、ゴーリキー公園周辺。右岸・左岸とも素敵なので、できれば往復して鑑賞したい。もちろん、川から見るクレムリン周辺も「絵葉書のように」美しい。

モスクワ川北回りのルートもあるが、こちらは定番コースより少し不便なため、私は乗ったことがない。

そのうち「ナイト・クルーズ」なるものもやってほしいなどと、ひそかに思っている。(安全第一というのはいうまでもないが)

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11.04.07

ロシアの郵便局攻略法

ロシアの郵便規則七不思議。

1.印刷物とその他物品は一緒に送ってはいけない。したがって、お菓子と雑誌を一緒に送れない。おまけに手続き窓口がそれぞれ別である。モスクワ中央郵便局は、それぞれの窓口がまったく別の建物になっていてとても不便。できれば友人などに協力してもらうほうが効率的だ。

2.税関申告書をたくさん書かなければならない。私がいたときは同じものを4枚書かなければならなかった。しかも書式はロシア語とフランス語でかかれており(国際郵便の公用語はフランス語)、どちらも読めない人にはカンで書くしかない非常に不親切な申告用紙だ。もちろん書き間違っていたら、無言で差し戻される。どこが間違っているか食い下がって聞くしかない。

申告書の用紙は日ごろから多めにもらっておき(書き間違えたなどと言って余計にもらう)、行列に並んでいる間に記入できるようになればロシア人もビックリの手際のよさである。

3.申告内容に価格を書けという郵便局員もいれば、書かなくてもいいという郵便局員もいる。一貫していない。書いた方がいいに決まっているが、ときとして余計なものを書いたといって差し戻されることもある。要するに、ちゃんとルールを判っている局員がいない郵便局が多い。

4.小包は自分で包装してはいけない。プレゼント用のきれいな包装は無駄である。裸のまま持って行って、郵便局員に包装してもらう。包装資材や手数料は送料のほかに徴収される。(のちにわかったが、これは中国などでも同じとのこと)

しっかり監視しておかないと適当に包まれてしまう。ハコに入れろとか緩衝材を入れろなど、そのつど指示する必要がある。今はロシア郵政特製ダンボールがあるので少しはマシになったが、以前はダンボールを持参していた。郵便局によっては麻布に入れられることもあり、局員が袋の口をざくざくと縫ってくれる。

梱包が終わると、郵便局によっては自分で宛名を書かせられる。今は発送に身分証明書による本人確認があると聞く。

5.封書をセロテープで封緘するのはご法度。ノリづけを指導される。

6.記念切手などをあらかじめ貼っていき、「不足分の切手をください」といっても局員は計算してくれない。主要なところへの送料はあらかじめ知っておいた方が楽。

7.手数料はカペイカ単位の細かい数字が付くことが多い。少し多めに払ってお釣りはいらないといえば、郵便局員のおばさんの顔もほころぶ。同様に多少の細かい金額ははしょられってくれることもある。

8.行列を一時離れるときは要注意。いくら前後の人に了解をとっても、彼らが我慢強く行列にいてくれるとは限らない。戻ってきてみたら誰も自分のことを覚えてくれている人はいなくて、また最後尾から振り出しということも考えられる。長い行列は並んでみて進み具合を確認し、全然行列が進まないようだったら別の日に出直した方がよい。

混まなさそうな郵便局、時間帯、さばける郵便局員の顔を覚えておくのも手だ。一般に週末・年末など「末」のつく時期は混む。

9.確実に届けるためには、民間クーリエ業者(EMSやDHLなど)。高いが最速・追跡可能。紛失や破損のときは保険も効く。

次に確実なのは「書留」(заказное)。控えを渡されるので取っておく。もし届かない場合は、控えの番号を基に追跡調査を依頼できる。

10.小包ルールでおもしろいのは、同じもの(同じカテゴリのもの)は一度に10個まで(2kg以内)しか送れないということ。以前、100個の白木マトリョーシカを送ったときのこと。同じ郵便局に毎日白木マトリョーシカを10個ずつ持って行ったら怒られた。週に1回にしろという。つまり、その郵便局からは週一しか航空便を発送していないということか??

しかも同じ送り主が同じ送り先に集中して送ってはいけないという。

やむなくとった方法は、違う郵便局から10個づつ発送、たまに送り先や送り主の名前を変えるという方法だ。しかしどの不思議なルールも、明文化されているものを見たことがない。

11.CIS諸国に送るのはけっこう至難。すでにグルジアとは断交状態、対ウクライナでもこまごました制限があるようだ。ある女性が薬品をウクライナの母親に送る際、先週までは大丈夫だったのに今日はどうして拒否されるのかと窓口で押し問答していることがあった。Envelope

比較的関係のよいベラルーシでも、送る物によっては窓口で門前払いされることもあるので注意が必要だ。 →典型的な小包の包み方

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08.04.07

ロシアの教会と蜜蝋の香り

Honey_candle今年は 4月8日がロシア正教の復活祭「パスハ」だった。例年だとカトリックやプロテスタントの「イースター」より遅れるのだが、珍しく同じ日となった。ちなみにお釈迦様の誕生日も今日だ。なんとめでたい一日であったことだろう。

さて、ロシアの教会に足を踏み入れると、まず気づくのがロウソクのにおいだ。日本のものと違い、ロシアで奉納するロウソクはすべて蜜蝋で作られたものだ。教会と養蜂が密接に結びついたことから生まれた産物であるが、一度かぐと忘れられない香りである。さらに礼拝のときに振られる香油のにおいが普段からも漂っていて、薄暗い教会の中で嗅覚が何倍も刺激される。

教会参拝者は入り口付近で売られている長さ25センチくらいのロウソクを購入。私がモスクワにいたころは1本10ルーブルくらいであった。これを数本買い、本尊(?)であるキリストのイコンの前とその左右にまつられている聖母マリアや聖人に奉納する。もっと大きくて長いロウソクもある。

蜜蝋のとけるスピードはけっこう早い。だからある程度燃えてくると、修道女がやってきて慣れた手つきでロウソクの燃えさしをバケツに回収していく。また時間帯によっては雑巾を持った修道女が教会内の掃除をしている。(こうした仕事がいつも「修道女」なのはなぜか?)

ロシア正教会には椅子がない。したがって礼拝の間、聖職者も信者は立ちっぱなし。ひざまづいたりはしない。礼拝は経典と賛美歌で進行するので、カトリックやプロテスタントのように、信者が前に出てきて聖書を朗読したり、祈祷を唱和することはない。礼拝は一日のうち何回か行われるので、自分の好きな時間帯に行ってもよいようだ。

礼拝以外のときの参拝方法は、上下右左に十字を切り一礼をするのがワンセットの動作だ。これを何度も繰り返す。イコンにキスする人も多い。一般に女性は教会の中では髪を隠さなければならない。しかしカトリックのようなレースのものではなく、ショールでもハンカチでも何でもよい。

そして気になる願掛けシステム。ロウソク売りの近くに、有料の願掛けコーナーがある。指定の用紙に自分の願いことを書き奉納。願掛け用紙がどのような運命をたどるのか不明だが、私も全能の神を信じて日本語で願掛け。はたしてかなえられるだろうか。

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07.04.07

エルモロヴァ劇場(Театр им. Ермоловой)

Ermolova_teatr0184 クレムリンから徒歩10分圏内にあり、地下鉄アホートニィ・リャットからも5分で行けるという抜群のアクセスのため、けっこう頻繁に通った劇場。

名女優・エルモロヴァの名前を冠するこの劇場は1937年創立。シェークスピアの「お気に召すまま」を看板演目に、オストロフスキー、ゴーリキー、バーナード・ショーなどをレパートリーとする。

この劇場で私が一番好きな演目はプーシキンのドタバタ笑劇「Барышня-крестьянка(農民令嬢) 」、それからチェーホフ初期の(これまた)笑劇「Медведь.Предложение(熊・結婚申込)」だ。

子供向け劇「Мэри Попинс(メリー・ポピンズ)」も楽しくてよかった。

さらに特筆すべきなのは、この劇場の小ホールで行われる二人芝居。「Сигизмунд и Клеопатра, или Не бросайте пепел на пол(ジグムントとクレオパトラ、あるいは灰を床に捨てないで)」は男女のおかしな出会いとすれ違いを描いた絶品。また、「Спокойной ночь,мама(おやすみなさい、ママ)」は 母と娘の葛藤と和解をテーマとした人間ドラマ。上演時間は短くとも、濃密な芝居を体感できる。

トヴェルスカヤ・ブリヴァールには「エルモロヴァの家博物館」もあり、こちらもお勧めの演劇スポットである。

Ул.Тверская 5/6 

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04.04.07

郵便局局員との戦い その1

郵便局。現地買い付け要員もやっていた私が、一番足しげく通った場所のひとつだ。

同心円を描くモスクワは、9つの行政区(округ)があり、その下部行政区(район)ごとに「町の郵便局」がある。郵便局ごとにひとつの郵便番号を持ち、その郵便局が管轄する地域の郵便番号はすべて同じである。

郵便局の仕事は日本とほぼ同じだ。郵便物取り扱い、送金業務、年金の支払い窓口、電報、電話(局内に電話ボックスがある所も)、切手やグリーティングカードの販売、通信販売の受付などなど。最近はコピーサービスや国際クーリエの集荷、別コーナーで航空チケットを売ったりと新(珍?)サービスもやっている。

それはさておき、ロシアの郵便局は業務時間が長いかわりに、昼休みがある。時間が来ると長蛇の列があろうと閉局となる。昼休みに近い時間帯は込み合うだけに要注意だ。

同様に、郵便局員とのかけひきも生半可ではない。局員によって言うことが違ったり、ご機嫌が悪いときは仕事が雑だったり・・・。職員は女性ばかり。安い給料で長時間働いているのだから、仕事の態度が悪いのは理解できる。Post_office 中央郵便局の制服はブルーのスモッグみたいなものだが、町の郵便局員は私服である。客がいてもおしゃべりしたり、席を立ったりは日常茶飯事。

そんな郵便局で必要なのは、彼女らに覚えられることだ。「この東洋人、また来た」、「今度は何を送るのか、包装に難癖つけるに違いない」などと思わせられるようになればしめたもの。要所要所でチョコレートでも贈っておけば、態度はゴロっと変わる。

もちろんそれでも泰山のように不変な人もいる。それはそれで、しようがない。チョコレートくらいのワイロでは屈しない人なので、放っておくしかない。

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03.04.07

外国人アパート

Updk0146 次々と高級マンションの建つモスクワ。片やいつ崩壊してもおかしくないフルシチョフカ(フルシチョフ時代に建てられた突貫住宅:ボロアパートの代名詞)が残るモスクワ東部。かつてのマフィアによる地上げは少なくなったものの、行政府による強制立ち退きがそれに取って代わった。比較的貧しい人たちはどんどんモスクワ周辺部に追いやられている。

ロシア人成金を別として、まずまずの暮らしぶりなのが西側各国から着ている外国人居住者だといえる。それでもお金の有無が住む場所のグレードに現れる。(写真はウポデカ住宅特製カレンダーの表紙。なぜかウクライナホテルが中央に写っている)

かつて外国人が住まわせられたのは、モスクワ数箇所に散らばる「ウポデカ住宅」というアパート。ソ連外務省が運営・管理する、外国人収容住宅であった。電話の盗聴はしょっちゅう、外出などの行動もチェックされていたらしい。今やウポデカ住宅にはロシア人も住み、外国人はもっといい住宅へ引っ越していく。

知り合いの日本人も、管理人ならぬコンセルジュ付きの高級マンションに入居していた。しかしセキュリティにうるさく、コンセルジュがいちいち入居者に通報してから出入りの許可を待たなければならない。かつてのウポデカ住宅のように、特に外国人訪問者に目をひからせているのだ。外国人がいっぱい住んでいる=隣は何をする人ぞ以上の危機意識が必要なんだと、認識を新たにしたのであった。

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