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июля 2007

31.07.07

ブラスバンドの路上演奏 その2

前日の続きである。

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30.07.07

ブラスバンドの路上演奏 その1

夏の日曜日のアルバート通り。演劇を見たあとの帰り道、人だかりを見かけて近づいてみた。兵役あがりのようなちょっとむさいお兄ちゃんたちが、本格的路上演奏を行っていた。

インテリっぽい指揮者の動作がめちゃめちゃかっこいい。思わず投げ銭もはずんだのだった。

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29.07.07

イズマイロヴォ庭園博物館(Музей-усадьба Измайлово)

地下鉄アルバーツコ=パクローフスカヤ線は、イズマイロフスキー公園(現・パルチザンスカヤ)からイズマイロフスカヤにかけて地上を走る。

そのときイズマイロヴォ自然公園に一瞬見える玉ねぎドームの屋根。それがこのイズマイロヴォ庭園博物館の一角である。もともとは皇帝ピョートル1世が若い頃に来ていた場所。ロシア海軍創設の地でもある。1671年に建てられたという塔とカテドラル内の所蔵物は必見。

Izmairovo

現在は手入れが悪く、せっかくの「庭園」もかなり荒れ気味。「銀のぶどう池」という名の優美な人工湖もよどんだ水がたまっている。

イズマイロヴォ自然公園につづく原っぱで、おばちゃんたちが甲羅干しをしていた。

Городок им.Баумана 12

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27.07.07

ヤウーザ号(Яуза)

今日はヤウーザ号を見たからラッキー。そんなことを考えているのは私くらいのものだろう。

ヤウーザ号は地下鉄チカロフスカヤ(Чкаловская)からマリーノ(Марьино)までのリュブリンスカヤ線を走っている。車両数が少ないので、見たり乗ったりできるのは非常にまれ。

これがなぜ特別な存在かというと、その車両が「近代的」なことにある。モスクワ地下鉄の車両といえば普通は水色。しかしヤウーザ号は銀の車体に黄色い線。なんとなく日本のJR車両に見えるではないか。しかも車内には電光掲示板で現在路線のどこを走っているか表示されている。

ヤウーザとはモスクワを東北に流れるヤウーザ川のこと。東部を走るシンボルなのだ。

Yauza4 Yauza_1 Yauza_2

←ヤウーザ号

Train                                →普通の地下鉄車両

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25.07.07

ゴーリキーの家博物館

Goriky_house3 マーラヤ・ニキーツカヤ通りを散策すると、とてもアンティークな家が目に入る。ロシア・モデルン様式の最高峰ともいえるアール・ヌーボー建築物だ。もともとリャブシンスキーという商人の邸宅で、のちに文豪ゴーリキーがここで暮らした。1937年以来、ゴーリキーの博物館となって一般公開されている。Goriky_house2

内部もすばらしい見事なアール・ヌーボー様式。曲線的フォルムに渦巻くようなモチーフ。ミュシャの絵の中に入ったような感覚を覚える。ゴーリキーはあまり気に入っていなかったらしいが、『どん底』を書くような作家だGoriky_house から、さもありなん。

内部にはゴーリキーの写真や蔵書、執筆道具などが展示されている。ロシア文学史に名を連ねる有名人だけに、外国からの見学者も多い。

隣はアレクセイ・トルストイの博物館。2階建てだが、けっこうガタピシしている。トルストイが執筆していた机、家族のアルバム、よく覚えていないが笑える置物やおもちゃのコレクションを展示。こちらは入館者が少なくて閑散としていた。どちらの博物館にも中庭に猫が数匹。来館者を観察していた。

Музей-квартира А.М. Горького

ул.Малая Никитская 6/2

Музей-квартира  А.Н.Толстого

ул.Спиридоновка 2/6

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17.07.07

莫斯科中国城

店主は中国人、売り子はベトナム人という店も多く、中国語が通じたり通じなかったり。中国野菜はモスクワ近郊で、中国人労働者が作っているという。

旧正月が近づくと、農暦(太陰暦)のカレンダーや元宵節の冷凍汁粉などが店頭を飾る。

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15.07.07

中国人市場

閉鎖されることが決定したチェルキーゾフスキー市場。中国人が一画を占めたイズマイロヴォ側では、ロシア人客向けの衣料品や中国人向けの生活商品が山積みされていた。

あからさまに撮影すると、税務警察とまちがわれるかもしれないので隠し撮りである。生きたまま売られているカモやコイがいたが、「いけす」が下の方にあり暗くて写らない。

現地発行の中国語新聞によると、この地区一帯には商品の小売のほか、貸し倉庫・地下銀行・鉄道運送業者・債権取立て業者・ヤミ産婦人科・レンタルビデオ屋・中国語で表示する携帯電話を売る店・中国人向け歓楽娯楽施設などが混在している。もちろん看板などないので、どこが何をやっているところかわからない。

担ぎ屋で一儲けしたあとは、中国人店員のいるカジノで一攫千金を狙う。客だと思っていた中国人が、すっと八百屋の奥に入っていくところを見ると、そこが地下銀行の窓口になっているのだろう。

まさにモスクワのチャイナタウンと呼ぶにふさわしく、中国人が外国生活を送るにあたって必要なものを自給できるシステムが作られている。中国人が多く住んでいる学生寮よりも、旺盛なたくましさを感じる。

外国人を追い出そうと懸命なロシア政府当局と3Kを厭わない労働者が必要なひずんだ産業構造が中国人社会拡大に拍車をかけてきた。

中国政府にとっても、地方都市に余剰している労働力と中国製品は主要輸出品目だ。ロシアが外国人労働者を嫌がっても、簡単に規制することはないだろう。公式には姿を消す予定のモスクワチャイナタウン。だが、中国人はそう簡単にロシアを去りはしないはずだ。

Dscf0023

→”さらば、モスクワ”。 モスクワから撤退を余儀なくされた中国人市場と外国人労働者締め出しを報じた中国語紙(日本版)。

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14.07.07

夏のトラム(路面電車)

Tram1 Tram_entrance Tram_entrance2 Tram2

モスクワのトラム(路面電車)は楽しい。スピードはゆっくりだが、その分景色がよく見える。溝のうすい軌道を、よく脱線もせず走るものだと感心する。おまけに江ノ電のように、狭い路地のような道を行くコースもあり、思いがけない風景に出会うこともある。したがって、現在モスクワを走っているすべてのコースを征服したくなり、しかも何度でも乗りたくなる。

2003年ごろ、トラムにも前乗り後ろ降りのシステムが導入された。車社会のモスクワ、トラムの肩身もだんだん狭くなり、廃止路線も増えてきた。だが、100年を越すこの交通機関にはいつまでも生き残ってほしいと思う。

http://tram.ruz.net/tramcars/

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08.07.07

ノーヴィ・エルサレム(Новоиерусалимский Монастырь)

モスクワから北西へ約60km、ヴォロコラアムスコエ街道にあるイストラ(Истра)という町のそばに、ユニークな形の修道院がある。その名もノーヴィ・エルサレム復活修道院。「新しいエルサView1 レム」という意味だ。Church_view 交通手段は郊外電車とバスがあり、私は行きが電車で(べラルースキー駅-イストラ)、帰りはトゥーシンスカヤ地下鉄駅方面のバスで帰ってきた。

この修道院は、トルコ帝国に征服されたビザンチン帝国の復興を担うべく、「第三ローマ帝国」をモスクワに興すという宗教的目的から、ロシア正教会最高位の総主教ニコンによって1656年に建設が始められた。パレスチナにあるオリジナルのレプリカを目指し、教会建造物のみならず周囲の地形もパレスチナをそっくり真似しているところがすごい。View2

Church1 イストラ川や近郊の山をヨルダン川やシナイ山に見立て、さらにベツレヘムに見立てた村々を周囲に配置。「ノーヴィ・エルサレム」と正式に名づけたのはロマノフ王朝第二代皇帝アレクセイ・ミハイロヴィッチだ。1941年冬にナチス・ドイツ軍により破壊され、ソ連崩壊後、ロシア正教会により内部Carriage の修復が行われた。Gate

この教会の見所は長い回廊のついた修道院建物、「たまねぎ坊主」のドームの下に屋根窓をめぐらした円錐の教会堂、水車などである。当時の井戸の跡もある。私が行ったときは、礼拝など行われていなかったが、時間帯によっては礼拝の様子を見学できるかもしれない。

ぐるりと中庭を取り囲む回廊は、まるで時代劇のセットのような雰囲気。 とても面白い。風車も内部を見学でき、近隣の村には馬車で行くことができる(私は乗らなかったが)。

Windmill Corridor1Corridor2

また、イストラはモスクワから行く手軽なレジャースポットとして、多くのコテージやホステルが点在している。

http://www.ierusalim.ru/

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05.07.07

チェルキーゾフスキー市場(Черкизовский рынок )

2006年8月に外国人排斥を狙った爆発が起き、2009年に閉鎖されることが決まったチェルキーゾフスキー市場。

К 2009 году Черкизовский рынок закроют

ул. Бол. Черкизовская, д. 125
www.cherkizovskyrinok.ru

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03.07.07

修道院のネコ

Monastery_cat_1 モスクワおよびモスクワ周辺に点在する歴史ある修道院。なぜか猫が多い。

そのわけをロシア人に聞いてみた。いわく、猫とは神の使いに近く、神聖Cat3 な動物である。従って、修道院では猫を保護している。また、猫はネズミなどの害獣を駆Cat_at_monastery 逐する。というわけで、修道院には猫が多いのだそうだ。

たしかに可愛がられているらしく、修道院の猫は人見知りしない。実際とてもかわいい。Cat_at_monastery2 Cat_at_monastery1

猫が神聖な存在というのは、猫を不吉と見るアジア的感覚からすれば不思議な感じだが、エジプトのスフィンクスにあるように、ネコ科の動物はやっぱり神秘的なのであろう。

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01.07.07

私のロシア語ムチャ修行 最終回

Workbook_1 Special_text いつも個人授業ばかりでは面白くない。そう考えた私は、個人授業を夏休みにして、日本人もよく通っているЦМО(Центр международного образования МГУ、モスクワ大学付属国際教育センター) に行ってみることにした。

モスクワ大学より遠いが、夏なので朝からの授業もそんなにたいへんではない。私は教務係に頼み込んで、夏期講習に「編入」させてもらった。

クラスは私を含めて5人の少人数制。国籍もスペイン、アメリカなどさまざま。このとき仲良くなった日本人女性は今でもおつきあいが続いている。授業は少しけだるそうな若い女の先生が、ロシア語文法を中心とした練習問題をどんどんやらせる。グループでやると他の生徒からよい刺激が得られてるし、他の生徒はたいてい大学進学希望者で熱意が違いが感じられる。授業の後、たまに行く学食もおもしろかった。モスクワ大学の学食も利用していたが、ここの学食は留学生が対象のわりには良心的な値段だった。

他にも知り合いの日本語教師に頼んで、ロシア語=日本語の相互交換授業というのもやった。始めはポリーナという女の子が来て、大学の授業でやらされている古典の宿題をみてやったりしていた。その子はボーイフレンドと同棲していたが、ある日突然両親がアメリカに仕事を見つけたので、家族で移住することになった。

彼女があとがまに紹介してくれたのはジーマという男の子だった。彼とは主に「ロシアのアネクドート」と「日本語のスラング」をテーマに交換授業していたが、めでたく彼が国費の日本留学権を獲得し終了となった。

その後、ロシア語の勉強は独学のみ。テレビと芝居が教材だ。しかし、読み書きをおろそかにしたツケが今頃まわってきて、いまだに苦行が続いている。

国際教育センター:

http://www.cie.ru/rus/aboutcie.php

モスクワ大学内ロシア語センター:

http://www.rlcentre.com/

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