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октября 2007

31.10.07

地下鉄博物館

Metro_museum

ガイドブックに載っているのは知っていたが、いったいどこにあるのかさっぱりわからなかったМузей метро(地下鉄博物館)。

なんと、スパルチーブナヤ駅の上にあった。入り口がわからないため、おそるおそる(苦手な)駅の派出所に場所を尋ねると、まったく目立たない入り口に連れて行かれた。かろうじてプレートが出ている。

中に入ると、ソ連時代から国を挙げての大事業であった地下鉄工事を大讃美する展示品が所狭しと並べられていた。特に力を入れて展示していあるのは、「大祖国戦争時のモスクワ地下鉄」。マヤコフスキー駅が野戦病院になっていた写真が飾られている。

このほか功労者の写真や工事のようす、数々の授与勲もたくさん展示されている。運転席のレプリカ(本物の一部?)もあったが、シュミレーション運転をさせるという芸当はできなかった。

世界の地下鉄情報や切符コーナーでは、日本の地下鉄も紹介されていた。

Музей Московского метрополитена

Ул.Хамовнический вал, 36

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28.10.07

莫斯科2007夏 徒然草

Money_exchange

Ticket_selling ふと気づいたことがあったので、忘れないうちに書いておく。

今回のモスクワ旅行で気になった大きな変化。

1.劇場チケット売り場の内容が、「劇場別」のチケットを直接張り出すのではなく、演目ごとのポスターをでかでかと貼るようになっていた。

2.両替屋のシステムがけちになった。以前はドルのレートはひとつだけだった。ところが最近は、「1000ドル以上両替するならレートをよくするよ」、という看板が目立っている。うっかりこの両替屋はいいレートだと思って入ったら大きなまちがい。

50ドル以下の小額紙幣はまったく受け取らないところは以前のままだ。

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26.10.07

モスクワの野犬たち

Dogs 日本ではほとんど見かけなくなった野良犬だが、モスクワでは年を追うごとに増えている。大型犬が多いのが特徴だ。中には警察犬のごとき見事なシェパードもいて、おそらくもともとはどこかで飼われていたのではないかと思われる。地下鉄にも迷い込んできて、堂々と車内で寝そべったりする野良犬もいる。

さて、この野良犬たち、4~6匹でひとつの群れをつくり、駅や商店街の周辺、または住宅街の空き地に生息している。何もしなければおとなしくしているが、最近は通りがかっただけで襲われる人も多い。狂犬病地域ではないが、かまれたら病院へ行かねばならない。

知人も地下鉄入り口で突然野良犬に襲われ、尻をかまれた。何ヶ月にもわたって注射を打ちに行かねばならず、仕事にも大きな影響をくらったという。

犬の登録がそれほど徹底されていないため、野良犬に見せかけた番犬にしている人もいるそうだ。見知らぬ人を襲わせて愉しむというとんでもないことをやっているらしい。おかげで私も野良犬をみかけると、まるでサッカー帰りの若者集団に遭遇したように、方向を変えるのであった。

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24.10.07

トラム ルート26 その6(最終回)

トラム線路が交錯するモスクワ市南部の住宅街。

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21.10.07

トラム ルート26 その5

車内の人々。

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20.10.07

トラム ルート26 その4

ダニーロフスキー市場の横を抜ける26番トラム。

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17.10.07

トラム ルート26 その3

地下鉄ダブリニンスカヤの裏あたり。細い横丁を通る。石畳っぽい道もあり、下町風情にあふれている。

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16.10.07

まぼろしのウテカイ・レーベル

Utekai_opt1 Utekai_opt2 1997年に大ブレークしたムーミィ・トローリに熱を入れていた私。翌98年、ついに彼らの起こしたレーベルУтекай Опт(ウテカイ・OPT)にファンレターを出して、ボーカルのイリヤに取り次いでくれという暴挙に出た。

驚いたことに返事が来た。しかし、内容はウテカイ・レーベルから出ている商品のプライスリスト。商売上手な側面を見た。そこでじかにレーベルの事務所を訪ねてやろうと思い立った。住所はミンスカヤ通り。地下鉄フィリ公園が最寄なので、それほど遠くない。事務所の入っている建物もすぐわかった。

ところが、その住所にはオフィスはなく、まったくウテカイ・レーベルとは関係ない別人が住んでいた。「ウテカイ・OPT」のことも知らないという。でも確かにウテカイ・OPTから出たオムニバスアルバム「У1」には、「ミンスカヤ通り」が連絡先だと書いてあるのだが・・・。

結局このレーベルはそれほど成功しなかったらしく、所属アーチストの多くは、その後リアルレコードなどから作品を出している。

追伸:このブログを発表した10月16日は、イリヤ・ラグチェンコの誕生日だった。私はすっかり忘れていたが、MTファンからイリヤの誕生日だからこの話題を書いたのかとご指摘を受けた。まったくの偶然です。

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15.10.07

トラム ルート26 その2

ヤウーザ川を渡るトラム 26番。

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14.10.07

トラム ルート26 その1

私の好きな26番トラムの車窓から。カメラのメモリが小さかったので細切れ録画になる。

モスクワ川を渡る26番トラム。

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13.10.07

番外編 莫斯科2007夏 アルメニア風シャシリク

訪問したおばあちゃんの別荘には、モスクワ州に出稼ぎに来たアルメニア人夫婦が「別荘番」として住んでいる。

短いモスクワ滞在時間の中で、彼らは思いもよらないごちそうを振舞ってくれた。「シャシリクのアルメニア風」だ。チャコールも使わず、物置に保存してあった薪とと新聞紙で焼き場を作る。手伝おうとすると、「シャシリク作りは男の仕事だ」といってやらせてくれなかった。

一見、モスクワのどこでも見るシャシリク。しかし彼らの下ごしらえは塩と胡椒だけだ。肉をタレに漬け込んだりしない。野菜類はパプリカ、ナス、トマト。これらを焼いて、薄皮をはがし、一口大に切って、ソースにする。さらに畑から採ってきたペトルーシュカ(イタリアンパセリ)やネギをみじんぎりにする。焼いた肉を串からはずし、切った野菜とあえて出来上がり。今年はりんごが大豊作なので、焼きりんごもひんぱんに食卓に上る。

おばあちゃんが焼き芋よろしくジャガイモを所望した。するとアルメニア人のおじさんが「おばあちゃんは典型的ロシア人だなあ」と言っていた。

焼きあがった肉は豚と鶏肉。塩が効いていて野菜と一緒に食べるととてもおいしい。アルメニアの乳製品、マッツォも飲ませてもらう。ケフィールをさらにすっぱくした感じだった。残り火で焼いたジャガイモもほくほくしておいしかった。

Shashlik_armenianShashlik_armenian2 Shashlik_armenian3

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12.10.07

番外編 莫斯科2007夏 建設中のモスクワホテル

2003年に取り壊されたモスクワホテル跡を見に行ってみた。すっかりシートに覆われて、建て替えの様子はよくわからない。

工事現場の前と地下鉄「革命広場」の間は、お土産市場ゾーンになっていた。

(かつてのモスクワ・ホテルの様子は、「在りし日のモスクワ・ホテル 2006/08/27をご覧ください)

Ex_hotel_moskva

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09.10.07

イズマイロヴォ・ホテル

この夏、初めて泊まったイズマイロヴォ・ホテル。観光客にはおなじみの(?)三ツ星ホテルだ。ただし夏場の観光シーズンでは、三ツ星といえど高い値段だった。

お土産市場ヴェルニサージュと地下鉄に近いため、市内から少し離れているがあまり不便さはない。今回泊まったのはガンマ=デルタ棟。コスモスより小さいが、何棟にも分かれているさまは、「コンプレックス」というのにふさわしい。

チェックイン後、滞在登録中だという紙をもらう。パスポートを預ける必要はなく一安心。滞在登録は次の日できあがり、チェックアウト時に返さなければならない。レセプションのカウンターはいつも混んでいて、長い行列ができていた。

宿泊したのは11階。ちょうど貨物用の線路側に向いた方向だったため、一日に何度となく行きかう貨物列車の長い車列を眺めることができた。部屋のファシリティは万全とはいえないが、ぺろぺろのスリッパがおいてあったり、バスタオルもかびくさくなく、小さな冷蔵庫もある。このクラスのホテルとしては進歩の跡が伺われる。

問題だったのは空調がなかったことだ。モスクワ滞在中、連日30度を超える猛暑だった。しかし部屋には卓上扇風機しかない。寝るときは窓を開け放ち(こんな高層に上ってくるやつはいないだろうと見込んで)、扇風機に濡れたタオルをひっかけた。

今回は素泊まりで朝食はとらなかった。しかし、ホテルにはレストランもあるし、周りにはカフェもたくさんある。その気になれば中国人市場もある。キオスクにもデリカテッセンを扱っているところがあったので、食に関しては不自由なしの立地だ。

奥にはインターネットカフェ、2階にはフィットネスクラブもあるが、今回は利用せず。

Hotel_izmairovo Hotel_izmairovo2

View_from_izmairovo View_from_izmairovo2

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05.10.07

在モスクワ外国人

Farewellchutima モスクワでIWC(インターナショナル・ウーマンズ・クラブ)に入っていた私は、ロシア人以外にもモスクワに住む外国人女性と知り合いに機会を得た。

この組織は英語が共通語であったので、はじめは気後れしていたが、だんだん度胸がついてきた。おもしろかったのは、社交的優位に立つのは必ずしも英語を母国語とする欧米系ではない、ということだ。インド人やグルジア人など、英語で弁がたつ人はたくさんおり、彼女らはいろいろなサークルの中心メンバーとなっていた。

たいていがロシアで仕事をする夫とともに駐在している奥さん連中だ。話題は子どもの教育問題に始まり、どこに何が売っていたとか、どこに行けばどんなサービスをやっているといった生活情報。井戸端会議に国境はない、というのを実感できた。

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01.10.07

番外編 莫斯科2007夏 インツーリスト跡地

ソ連時代からお世話になっていたインツーリストホテル。2002年に解体され、長らく工事が行われていたが、ついに新しい建物となって営業を再開した。

とはいえ、いにしえの「インツーリスト」の面影はカケラもない。わかっているのは、リッツ・カールトンというマリオット系のホテルとなったことだけである。つまり、「ツーリストクラス」のホテルから、一気に5ツ星ホテルへ急激にランクアップしてしまったということだ。たしかに赤の広場からこれだけ近い目抜き通りを外資がほっとくわけがない。

目抜き通りトヴェルスカヤにふさわしく、豪華な門構え。入り口付近の駐車場には黒塗りのメルセデスやBMWが並ぶ。外見の豪華さに圧倒されて、入ってみるのがためらわれる。実際、警備も厳しいようで、結局外から眺めただけ。

Ex_inturist Inturist2

http://snow-square.blogspot.com/2006/11/new-intourist-moscows-ritz-carlton.html

↑ インツーリストホテルからリッツ・カールトンホテルとなるまでの概略が書いてあるサイト。

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