ツィガン―モスクワのジプシー
ロマ人(俗称:ジプシー)のことを、ロシア語で「ツィガン(Цыган)」または「ツィガーネ(Цыгане)」と呼ぶ。インドを発祥とするロマ人は、15世紀ごろ東ヨーロッパにたどり着いたという説があるが、他の東欧地域と同じく、今もモスクワには多くのロマ人が住む。
ジプシー音楽とかジプシー舞踊などといったエンターテイナーの要素はほとんどなく、ツィすこぶる悪い話だけが語られる。子どもが集団で外国人を取り巻いて金品を巻き上げたとか、占いをしている間に財布を抜き取られたとか、怪しい薬を売りつけられそうになったなど。外務省安全情報でも、年中ジプシーとスキンヘッドには警戒するよう警告を発しているが、被害は減らない。
キエフ駅周辺は、以前タバコの闇市があり、ツィガンがそこで商売をしていた。なんと、警察と結託しているツィガンもいて、警察にワイロをつかませてヤミ商売や恐喝を見逃してもらったりしていたらしい。
ツィガンが黒魔術に通じていることから、ロシア人の中にはツィガンの「邪視」を信じている人もおり、彼らと目を合わせないようにしているそうだ。
ツィガンの集団は、以前は大きな駅周辺(以前のクールスカヤ駅やキエフスカヤ駅など)や目抜き通り(ノーヴィ・アルバート通りなど)に出没していた。女性はくるぶしまである長いスカートを履き、頭にはスカーフを巻いている。髪型もロングヘアーを束ねている。統制のとれた概観はまるで制服を着ているようだ。不思議なことに彼女らの背丈は全員同じくらいで、抜きん出てチビとかのっぽな人はいない。女性グループの中には、必ずまとめ役とおぼしき年配女性がいて、グループのメンバーがしっかり通行人にからんで金をせしめているか、見張っているようだった。
ツィガンの女性たちは、若い頃はけっこうきれいな顔立ちなのに、年をとると妙に毛深くなり、眉がごつくなって顔のうぶ毛がヒゲに見える人もいた。
彼女らは、「カモ」をみつけると擦り寄っていき、「運命を見てやるよ」、「タバコ買わない?」などといって声をかける。無視しても別の女が声をかけてくる。いったん興味を示してしまうと、金を巻き上げるまでしつこくつきまとう。巻き上げられた金は、まとめ役のところに「上納」される。
闇市が次々と閉鎖された昨今、ツィガンの男性たちは何をやっているのか? ロシア人に聞くと、「女が働くので、ツィガンの男たちは遊んでいられる」との答え。スキだらけの法治国家ロシアのことだから、きっと他にも儲かる商売があるのだろう。
モスクワのツィガンらは、「ジプシー=放浪者」というイメージは皆無だ。実際、ロシアのツィガンたちは定住している。これはソ連時代の政策が移動の自由を制限(1956年)していたことの名残にほかならないが、モスクワ郊外には、ツィガンが集団で暮らす「ツィガン村」まである。ただし、この村が行政上、正式に村として認可されているのか、それとも単なるツィガンの集落なのかはっきりわからない。
一方、ツィガンの中でも「ロメン劇場」で働くツィガンたちは例外的存在。また、有名人の中に「ツィガンとの混血」を自称する人たちがいるが、これも真偽は不明。ユダヤ人同様、長くヨーロッパ社会で差別されてきたツィガン。定住化政策を強いた上、今も被差別待遇を甘受しているわけだが、共産主義すら彼らを「同化」できなかったことがよく見て取れる。
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