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июля 2008

30.07.08

アフィーシャ(モスクワのイベント雑誌)

1997-99年当時、よく買っていたイベント案内雑誌は「Ваш досуг(あなたの余暇)」だった。B6サイズのモノクロ印刷で、映画情報やインタビューを含め、ぎっしりタウン情報が書かかれた週刊誌。当時はインターネットの告知やフリーペーパーも今ほど盛んではなかったので、口コミやミニコミ誌などが唯一の情報源だった。この雑誌のおかげで知ることができたクラブやサークルも数知れない。イベントがすでに終了していても、そのまま載っていたりしたが、当時としてはまったく気にならなかった。おおらかなものである。

一方、2000年を前にカラーのタウン情報誌「アフィーシャ(афиша)」が台頭し、今までの情報雑誌を追随させない洗練されたレイアウトとフルカラー・デザインに人気が集中。今もモスクワで、もっとも支持されているタウン情報誌のひとつだろう。

隔週発行だが、映画・演劇・スポーツはもちろん、オープンしたばかりの店やグルメ情報など、可処分所得が飛躍的に増えたモスクワっ子の消費欲をくすぐる情報が満載だ。インタビュー記事も最新トレンド人物からクラシックな人まで、バランスよく配置。広告ページでさえも前衛的で美しいものが多く、あらためてロシアのグラフィックデザイン能力の高さに驚かされる。今でも定期的に購読したくなる情報誌。

右:付録にムーミィ・トローリのマキシ・アルバムがついた「アフィーシャ」2008年6月16-29日号 

Afisha

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29.07.08

モスクワの緑

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冬の間、緑がないモスクワだが、夏は木が多いと実感する。特に枝打ちや剪定など行わないので、よけいに枝を大きくひろげた木々の緑が際立つのだろう。道路の幅が広く、建物と建物の間が広く、街路樹を植えるスペースはふんだんにある。

しかし、日本で目にするような大木はあまりない。せいぜい成長が速いといわれるトーポリ大木くらいだ。郊外に行くほど、アカマツや白樺が多くなるが、いずれも竹の群生のような細い幹をしている。

ここ数年、林立していたキオスクを排除し、道路を改修しなおして新たに街路樹を植えている。だが、地元のロシア人にいわせると、モスクワの風土にあまり会わない高価な木を植えているんだとか。確かに枝ぶりもいまひとつ。暑さ寒さに何年耐えていけるのか頼りなげだ。
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27.07.08

shivaki

日本製信仰がいまだ強いロシア。特に自動車と電気製品がそうだ。携帯電話やシロモノ家電では、サムスンやLGが知名度を上げているが、パナソニックをはじめ日本製への信頼は強い。

その中でわりと知名度の高い電機メーカーがShivaki。ロシア人の中には、日本の会社だと思っている人が多く、最初私もそうだと思っていた。「東芝」をもじった海外向けサードパーティだと思い込んでいたが、実はドバイに本拠を置くUAEの会社で、CIS諸国に広く商品を輸出している。

最近のロシア進出ブームと金持ちになったロシア人をあてこんで、日本メーカーも次々と豪華なショールームを開設。かつて部品1個からでもやりとりしたブラックな市場は、陰を潜めつつある。
                                http://www.shivaki.com/

Shivaki

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25.07.08

りんごの収穫

8月になるとダーチャではりんごが収穫期を迎える。2007年は大豊作で、取りきれないりんごが地面に落ちて腐るほどだったが、今年はどうであろうか。

甘くて大きいりんごに慣れた日本人にとって、ロシアのりんごは一回り小さく、しかも酸っぱい。最初はとっつきにくいだろう。がんばってナマでかじるのもよいが、それ以上においしいのはりんごの加工食品だ。

りんご果汁から作るアップルシールドは、砂糖なしの完全無添加。天然のペクチンで少しとろっとしている。また、りんごを皮ごと薄くスライスして天日干しした、りんご干しは優れた保存食であり、おいしいスナックでもある。

りんごのジャムや砂糖漬けはいうに及ばず、料理にもじゃんじゃん使う。特に豚肉とりんごは相性がいいようだ。

熟れる前に収穫したりんごは、冷所に貯蔵していれば長く保存できるし、それでも食べ切れないりんごは、路上で売るなどして現金に・・・。とにかくロシアのりんごは、受粉などの手入れを一切不要としながらも、たくさんの価値を与えてくれる、黄金の果実である。

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Picking

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23.07.08

フィリ教会(Церковь Покрова в Филях)

Fili_church_front 地下鉄駅フィリから降りて、少しバスでバックしたところにある、美しいたたずまいのフィリ教会。
ガイドブックにはあまり詳細が載っていないが、教会内部の聖像壁画が特に美しい。実は、イコン制作の巨匠、アンドレイ・ルブリョフ美術館の別館となっていて、教会としての役割は果たしていない。カテドラル上部に入れるのは5月15日から10月15日のわずか5ヶ月間、敷地に立ち入れるのは、火・水曜と毎月最終金曜日と限定されている。あまり熱心に宣伝していないせいか、私が行ったときは数人の学生しか来ておらず、内部は閑散としていた。

教会の名前を直訳すれば、「フィリの”とりなし”教会」といい、ピョートル大帝の叔父、レフ・ナリシュキンが1690年から93年にかけて建立したもの。いわゆる「ナリシュキン様式」という、伝統を打ち破りヨーロッパのスタイルをミックスさせた独特の建築となった。内部のイコノスタスは、西洋絵画のようなものも多く、他の教会と違った趣を感じさせる。

地下鉄フィリ線から見る教会の遠景や、キエフ駅近くのウクライナ並木通りから見ることができる教会シルエットも美しい。ぜひ足を運んでもらいたい場所のひとつだ。

Fili_church Fili_church1 Fili_church2


Новозаводская ул. , д.6

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19.07.08

コーカサス料理のレストラン

一大ショッピングモールと化した、かつてのキエフ駅前空き地。昨年2年ぶりにモスクワを訪れたとき、夕食に立ち寄ったカフカス・レストラン、Шашлык-Машлык(シャシリィク=マシリィク)。ウェブによると、アルバート通りにもあるようだ。

水タバコがインテリアとして、ホールのど真ん中にでーんと置いてあり、えんじ色の絨毯がエスニックムードを盛り上げる。毛深そうだがイケメンなウェイターが、グルジアっぽい服を着て給仕。雰囲気はなかなかよい。

メニューはグルジア料理がメインだったが、コーカサス料理というだけあって、ウズベクやカザフなど中央アジア全般の味も楽しめる。しかし、そうは いってもボルシチやサリャンカを用意してあるのは、ロシアにある民族料理店のお約束。純粋ロシア料理店との違いを見つけるべく、汎ユーラシアな味を楽しん でみるのいいだろう。

http://www.arbat38.ru/shashlik/index.php

Cafe

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Restaurant

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17.07.08

街路樹の果実

夏真っ盛りのモスクワ。春にたくさんの花をつけた街路樹に、果実が色づきはじめる。

モスクワ大学(МГУ)近くやヴェデンハー(ВДНХ)近くのりんご並木には、毎年すごい量のりんごが生る。知り合いのロシア人に、通りのりんごを取らないのかと聞いたら、「あんな車の通行量が多いところのりんごなんて、汚くて食べられない」とにべもない。

これだけ渋滞が激しいと、さすがに排気ガスまみれのりんごを取る人はいないが、知り合いの駐在日本人親子は、無料でりんご狩りの気分が楽しめる、と勇敢にも収穫していた。持ち帰ったりんごをどうしていたかは不明だが。

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Cherry

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11.07.08

権力者を笑い飛ばす

Cards プーチン政権になってから、すっかり下火になった「権力者批判」。エリツィン政権当時までは、政治家をパロディにしたグッズやテレビ番組が人気を博していた。

たとえば主な政治家を模したトランプ。タイトルは「Вся власть(全権力)」とある。キエフ駅近くのキオスクで購入したものだ。ケースを飾るのは、テニスに興じる故エリツィン元大統領(なぜバレーボールでないのかよくわからない)。

カードの絵札には、ジュガーノフ、チェルノムリルジン、チュバイス、レベジ、ジリノフスキー、ネムツォフ、ヤヴリンスキーといった新生ロシアを牛耳った面々。権力者らしい格好をしているが、どこか滑稽だ。ハカマダにいたっては、和服を着ている。発行元はフランスのグリモ(Grimaud)だが、この製作センスはロシア人に違いない。

エリツィン政権時代は、風刺人形劇「クークリ」など、アネクドートより直接的な風刺番組が生きていた。プーチン政権は、反政権的言動はおろか、プーチンのパロディさえ許されない風潮となっていった(肯定的なパロディなら別だが)。

タンデム体制となってから、ロシア人が本来もっている政治風刺の精神はどこまで復活するか、注目したいところである。

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08.07.08

中国からの物流

昨年夏、モスクワのチェルキーゾフスキー市場を訪れたとき、倉庫の空きが目立っていた。セクターによっては閑散としており、市場入口の喧騒から取り残されたようである。この市場が近く閉鎖されるせいかもしれない。

中国人の物流は変化した。以前は、「担ぎ屋」が自分の身の丈の何倍もの商品を持ち込んでいた。彼らは何度も中国とロシアを往復するため、学生の身分を使って寮などに住んでいた。多くの商品をストックさせるため、自分の寝る場所さえも倉庫として使っていたほどだ。

現在は、物流やロジテック専門業者も出現し、シベリア鉄道を使って大量の商品を運送している。モスクワ郊外には、中国人物流業者が倉庫を兼ねた物流センターをつくり、これまでアゼルバイジャン人やグルジア人がやってきたマフィア物流とは異なるシステムを作り出している。そのシステムのどこまでが合法で、どこからが違法のままやられているのか判然としない。しかし、ロシア人の旺盛な消費欲を満たしているものの多くは中国製品であることに変わりはない。

Sklad

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05.07.08

スズダリ日帰り旅行

番外編として1998年の夏の日帰り旅行について書く。
モスクワに滞在していた間、遠出らしい遠出はスズダリ旅行だけ。スズダリ(Суздаль)は、モスクワの東訳200kmのところにある古都である。周辺のヴラジーミル(Владимир)、ヤロスラブリ(Ярославль)などと共に、「黄金の輪」(Золотое кольцо)のひとつに数えられる。今回はスズダリまで車を一台チャーターして行ったのだが、ひどく遠かった。

遠く感じた理由に、当時の道路舗装はかなり悪くて車が揺れたこと、乗っていた車はトヨタのワゴンだったにもかかわらず、サスペンションがかために調整されていたので、乗り心地がいまひとつだったこと、前日、大嵐が来て真夏の気温が一気に下がって秋のようになってしまったことが上げられる。

モスクワを離れ、草原とダーチャ群の道を進んでいくと、だんだんロシアの昔話に出てきそうなところが立ち現れてくる。標識も看板も確認できないまま、スズダリに到着。街全体が博物館といった感じのところだ。

まずスズダリの「クレムリン」を見る。「スズダリ」がロシア史上初めてその名を現したのは、11世紀。以後16世紀にいたるまで、寺院と教会が数多く建設される。モスクワのクレムリンと同じく、外郭の中には多くの寺院が林立している。町全体に人が少なく、寺院の中はひっそりとしいている。

クレムリンを出て、木造のあずまや風カフェで昼食をとった。料理が出てくるまで時間がかかる。当時はまだ観光地として整備されていなったせいか、レストランなども少なかった。このほか、いくつか博物館を見たがどこも閑散としていた。

現在はホテルもいくつかできて、歴史観光地としての整備も進んでいるようだ。

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左:聖ユスムス修道院、16世紀(Спасо-Евфимиев монастырь)

中:パクロフスキー修道院、14世紀(Покровский монастырь)

右:アレクサンドロフスキー修道院、17-18世紀(Aлександровский  монастырь)


 

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03.07.08

ノスタルジーあふれるソ連時代のおもちゃ

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 知り合いが「いらなくなったソ連時代の遺物」をネットオークションで売ったという。高く売れたので、価値があると思ったのか、いくつか記念にくれると言い出した。あまり欲しくはなかったが、とりあえずありがたく(?)いただいた。

もらったのはものは、まず人形。兵隊がメインの男の子向けだ。素朴というより味気なさを感じる。

すごろくゲームは日本と同じ遊び方だが、ソビエト連邦の時代は、「出世」よりも「国家への貢献」が人生のゴールとなっている点が特徴的だ。Game02
おもちゃをくれた本人もどうやって遊んでいたのか忘れたという。女の子のおもちゃは手元に残っていないそうだが、あまりかわいくない人形などがあったという。

今の時代、ロシア人の子ども用玩具は日本とあまり変わらない。バービー人形やぬいぐるみ、レゴブロックやプラモデルなどが主流。ただし、日本のおもちゃの ように細分化されておらず、種類は少ないだろう。そしてある程度年齢がたてば、だいたいゲームに移行するのは日本と同じ。

そんな時代変化に呼応してか、最近ロシアでは昔のおもちゃを収集するコレクターが出現しているらしい。50年もたてば、これらのおもちゃもアンティークの仲間入り。今のうちにせっせとコレクションにしておこうという腹づもりなのかもしれない。

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