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августа 2008

31.08.08

ベスラン学校占拠事件4周年

2004年9月1日発生した北オセチアのベスランで発生した学校占拠事件。2006年にロシア軍部隊により殺害された、チェチェンの野戦部隊司令官、バサエフが関与した最後の大規模テロである。1100人以上の子ども、父兄や教師が人質となり、体育館に閉じ込められた。9月3日に特殊部隊の突入により「事件終結」をみたが、人質ら350人以上が死亡。悲劇の新学期となった。

特殊部隊が突入した瞬間、ロシアのテレビ局は学校周辺で中継していた。私はロシア人家庭に招かれてお茶を飲んでいたが、突撃の様子が流れたとき何が起こったのかすぐに理解できなかった。しばらくして裸で走っている子どもの姿が映り、なぜあんな格好でいるのかもわからなかった。私を招いたロシア人一家も、何が起こっているのか混乱しているようで、ばつが悪くなった私は早めにおいとますることにした。

モスクワのアパート爆破事件に端を発する一連のテロ事件は、いちおう2005年を最後におさまっている。しかし、テロの被害者救済はいっこうに進んでおらず、経済発展と国威発揚の陰でテロへの恐怖は、すでに過去のものとなりつつある。





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27.08.08

ロシアにおける中国学

モスクワにいる間、研究室を訪ねてみたいと思った学者がいる。歴史学者ヴィーリャ・ゲリブラス博士だ。中国とロシアの経済・社会・政治問題を中心に 研究している。中国では北京大学や人民大学で教え、1992年からアジア・アフリカ研究所で、2000年より国際関係研究所で教鞭をとる。また、欧州中国 学協会の会員でもある。Authour

氏の本はこれまで二冊入手しているが(『ロシアにおける中国の現実』『グローバル化のロシアと中国人移民』 いずれもМуравей刊)、丹念なデータの読み込みと中国人コミュニティで発行される中国語メディアの数々を詳細に分析している点が秀逸。従来の紋切り型チャイナ・スタディとは一味違うところだ。

モスクワだけでなく、全ロシアにいる中国人の分布や国境を越えてくるルート、動機、そしてそこで形成されるコミュニティについて、中国当局でさえも客観的に把握していないような情勢が報告されている。

 

 

ロシアにおける中国人とは、溶け合わない異物のようなものであると同時に、必要不可欠な3K労働力であり、なにより国家が戦略的パートナーシップを 結ぶ国の民である。中国人の方から見れば、ロシアもビジネス相手国のひとつとしか見ていないようだが、ロシアの立場からすれば、中国人のたくましさは脅威 に映るに違いない。

 

いずれにせよ、外国人排斥に動くロシアによる在ロシア中国人への対応は、こうした民族社会学を利用していくことになるだろう。

 

 

ゲリブラス博士のほかに、ラーリン博士、ヴァスクレセンスキー博士といった研究者が、歴史学という立場からそれぞれ現代中国情勢を論じている。

 


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25.08.08

トゥヴァローク(творог)

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白いチーズ、トゥヴァローク。ロシア料理の紹介では、「ロシア風クリームチーズ」とか「ロシアのカッテージチーズ」とある。たしかに酸味があり、普通のプロセスチーズやカマンベールチーズとは異なる。

プレーンな味でカップ入りのものは、パンに塗ったりしてよく食べたが、ちょっと小腹がすいたときにスナック代わりに食べていたのは、チョコレートでコーティングされた棒状のもの。いちご風味やらバナナ風味などのいろんな味のトゥヴァロークがあり、レーズン入りのものが特にお気に入りだった。

知り合いのロシア人老婦人から、日本人はカルシウムが足りないから年をとると腰が曲がるのだ、という話をきいた。ロシアでは「骨粗鬆症」などというものもないようだ。

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23.08.08

マシーナ・ヴレーメニ(группа Машина Времени)

ロックバンド「マシーナ・ヴレーメニ(タイム・マシーン)」といえば、大御所中の大御所である。そんなこととは露知らず、初めてのソ連旅行時にベリョースカ(外国人向けショップ)で、買ったレコードはマシーナ・ヴレーメニだった。

ジャケットの右下に、「I love Beatles」とロシア語で書いてある。ロシア人にとってもビートルズは永遠のあこがれであり、ペレストロイカまっただなかだった当時は、おおっぴらに西側文化を賞賛してもよかったのであろう。

不良音楽といわれたビートルズでさえも、ポール・マッカートニーはナイトに叙勲され、反体制的とされたマシーナ・ヴレーメニも20年を経て、グループのリーダー、アンドレイ・マカレーヴィチはプーチン(前大統領)と肩を並べて戦勝記念日を祝うまでになった。

そして、西側への憧憬は今やロシア・ナショナリズムへと変化しており、ロシアの復権とともにサブカルチャーにおいても「ロシアの自信」が見て取れる。ロックバンド、マシーナ・ヴレーメニは、自分たちの音楽がタイムマシーンに乗って次元を越えられることを願ってネーミングしたのか、興味深いところだ。

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22.08.08

本格的すぎるDIY

Bonsaiモスクワの人々が誇りとする「自分のダーチャ」。家財道具もモスクワの家とダーチャと2軒分必要だが、ダーチャに重点を置く人はおおむねダーチャの手入れに手をかける。

知り合いのロシア人は本を買ってきて、敷地に一角に日本庭園を自作しているそうだ。いったいどこまで自作できたのか、見てみたかったが残念ながらかなわなかった。
一方、庭園は無理なので、盆栽をやりたいという人もけっこういる。もともと観葉植物が好きな国民性(?)で、家の中には空瓶などに植えられたの植物が窓辺を飾っている。盆栽はあれだけ小さい木なのに、大木と同じように見えるところがスゴイ、とか言っていた。そしてこれもお決まりのパターンで、日本人なら誰しも盆栽ができると思っているらしく、私にも盆栽の作り方を教えてくれと頼まれた。

やったこともない盆栽を教えられるはずがない。私はその人にロシア語で書かれた盆栽の本をプレゼントした。そして、「本に書かれたとおり」にして、本当に盆栽ができあがってしまうのだ(あまり難しくない木だそうだが)。つくづくロシア人のDIY才能はすごいと感嘆したのであった。

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21.08.08

“切尔基佐夫”市场发生爆炸事件(チェルキーゾフ市場爆破事件)

http://www.openv.com/play/HeiLongJiangTV_20060822_52116.html

分类:分享
栏目:网友上传
主持人:吴小莉
时长:1分21秒
播放次数:360
节目介绍:

原文:
  当地时间8月21号上午,俄罗斯莫斯科市东部“切尔基佐夫”市场发生爆炸事件,10人死亡其中可能有5人为中国人,令有55人受伤,目前还没有黑龙江人遇难的消息。俄罗斯媒体称爆炸发生在10点30分左右,8人在爆炸现场当场死亡另外2人在医院经抢救无效死亡,其中包括2名儿童,死者中包括5名中国人和1名越南人。目前,55名受伤者分别在莫斯科的七家医院接受救治,爆炸中是否有黑龙江籍中国人伤亡正在调查之中。爆炸发生前,“切尔基佐夫”市场有人看到3个可疑顾客将一个书包放在一个售货亭旁,爆炸发生后两名嫌疑犯被擒另一名嫌疑人在逃。据俄罗斯媒体报道,爆炸物为自制的爆炸装置,威力相当于一公斤TNT炸药,初步判断爆炸事件是由商业纠纷引起的。“切尔基佐夫”市场与二十世纪九十年代初建立,是来自亚洲商品聚集地,在这里经营的中国商户超过3000家。莫斯科市政当局宣布将紧急调拨资金对爆炸案中死难者的家庭支付10万卢布,约合3万元人民币的抚恤金。中国商务部提醒赴俄华商守法经营,以免引起不必要的纠纷,同时关注当地社会秩序,保护自身和财产安全。

日訳:

現地時間8月21日午前、ロシア・モスクワ市東部の「チェルキーゾフ」市場で爆発事件があり、10人死亡、うち5人が中国人である可能性が高い。また55人が負傷した。現在黒竜江省人が爆発に遭ったという情報はない。ロシアのメディアによると、爆発は午前10時30分ごろ発生し、8人が即死しほか2人は病院へ救急搬送されたが死亡した。うち2人は子供だった。死者のうち中国人は5人で1人はベトナム人だった。負傷した55人は現在モスクワの7つの病院で手当てを受けているが、黒竜江省人がいるかどうかは調査中である。爆発発生前、3人の不審者が書類鞄を店の横に置き、爆発後2人が容疑者として逮捕され、1人が逃走した。ロシア側の報道によると、爆発物は自動制御されたTNT爆薬1キロに相当するもので、はじめは商売上のトラブルと見られていた。チェルキーゾフ市場は、1990年初頭に造られたアジア商品の集積地で、中国人による経営店は3000軒を越していた。モスクワ市当局は、特別予算を計上して死傷者が出た家庭に10万ルーブル、約3万人民元に相当する義捐金を支給すると表明した。中国商務部はロシアの中国系ビジネスマンに対し、商取引法を守り、不要なトラブルを起こさぬよう求め、同時に現地の社会秩序や生命の安全や財産の保全に注意するよう呼びかけた。

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20.08.08

カメルナヤ・スツェナー(Театр русской драмы Камерная сцена)

天使が馬蹄のようなアーチの中で、剣を振りかざしている。人目を引く劇場マークにつられ、地下鉄タガンスカヤからサドーヴァヤ沿いを北上してこの劇場にたどりついた。

ミハイル・シェペンコ率いるカメルナヤ・スツェナー(意味は「室内舞台」)で初めて見た出し物は、子どもの童話を原作としたКошкин дом(「ネコの家」)。狭い舞台にいっぱいの仕掛けと愛らしいメイクの役者がそろっていて、とても楽しい子ども劇だった。

1974年に設立されたこの劇場は、メンデレーフ科学技術学校演劇部が母体。以後、ロシアの戯曲を中心に、国内での巡業を早くから行っている。
一方、イタリアをはじめとしたヨーロッパの演劇フェスティバルに出演し成功を収め、数人もの「ロシア功労芸術家」の称号を得た役者を有している。

これほど優秀な劇団なのに、残念ながらモスクワでの公演数はそれほど多くなく、月半分も満たない稼働率。本当に劇場として経営されているのか気になるところだ。

暇な夏休みをかきいれどきにしようと、シーズンオフを切り上げる劇場も多い中、カメルナヤ・スツェナーは、現在もマイペースな劇場なのである。

Ул.Земляной вал, 64

http://www.rus-drama.ru/

Kamernaya_stage http://www.osd.ru/objinf.asp?dt=2159&ob=215

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16.08.08

ロシア通貨危機10周年

1998年8月17日に起こったロシア通貨危機。ルーブルの対ドル引き下げ、民間銀行の対外債務を90日間凍結、債務繰り延べなどの政府発表から起きた債務不履行(デフォルト)の連鎖で、銀行があっというまにバタバタと倒産した。

1998年年初に1000ルーブルを新しい1ルーブルにするというデノミを行い、貯金の目減りなどが相次いでいただけに、通貨危機によって自分の預貯金もぶっ飛んでしまった人がたくさんいた。たくさんの人が失業し、男性の平均余命は50歳代に低下。アルコールに逃避する人も増加した。

通貨危機が起きて10日もすると、マーケットの棚に商品が補充されなくなった。売れ残った同じ商品が、一列にずらーっと陳列される。その単一な不気味さといったら、日本では考えられない。さらに10日もすると、砂糖や塩の陳列棚に空きが見られだした。ソ連崩壊前後の行列はそれほどではなかったが、当時のロシアは、ものづくりがあまり機能しておらず、日用品の大部分を輸入品に依存。紙切れ同然のルーブルより、ドルや外貨をもっておこうという傾向が根強く、ルーブルで支払われた給料(遅配が多かったが)はすぐにドルに両替してたんす預金という人が多かった。

ソ連崩壊による大国の威信が崩れ、ロシア人がもっとも卑屈になっていた時期のデフォルト。その後オイルマネーでここまで経済が潤うとは、当時は誰も思わなかった。現在はドルでの支払いじたいが嫌がられる。ユーロでもダメだ。皆、ルーブルでの支払いを望み、ルーブルで貯蓄する。これから10年後、ロシアはどう変わっていくであろうか。

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14.08.08

カバチョーク(кабачок)

収穫の季節だ。休みをダーチャで過ごしたロシア人から、穫れすぎた作物のおすそ分けが山のように来る。りんごやきゅうりなどは保存法がわかっているので、いくらもらってももらいすぎることはないが、もらいすぎて困るものもある。

そのひとつがカバチョーク。見た目はズッキーニに似ている。ウリ科なので、ズッキーニやかぼちゃの親戚。中には黄色でまるまるとしたカバチョークもある。味はいたって淡白。「はずれ」のものは水っぽく、冬瓜より種が大きいため使いにくい。

はじめはズッキーニと同じようにトマト煮込みにばかり使っていたが、あるとき小麦粉でころもをつけててんぷらにしたら、甘みが出て意外とおいしかった。それ以来、なすやかぼちゃの代用として使うようになった。

また、小麦粉をまぶして油で焼くムニエル風、片栗粉(モスクワではジャガイモの「澱粉粉」で代用)をまぶして同様に焼き、酢しょう油タレで食べるのもなかなかいけた。

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13.08.08

20年前のウズベキスタン

1988年8月7日~15日は記念すべき初の海外旅行をした時だ。初めて踏んだ海外の地はハバロフスク。ブラーツク、ノボシビルスクを経由して、レニングラード、モスクワ、サマルカンド、タシケントと移動。当時宿泊したモスクワのホテルは、その後私が足掛け4年8ヶ月住むことになった場所と同じ地区にあった。

自称「シルクロードおたく」の私にとって、旅行の最大の目的はサマルカンドとタシケント。まだソ連時代だったため、ウズベキスタンはロシアより食品が豊かで、モスクワやレニングラードに比べて、地元住人が人懐っこく外国人に近寄ってくるところをみると街の開放度も高いように感じられた。

サマルカンドでは自由市場でコリアン系のおばさんに気に入られ、ハミウリをごちそうになったり、チャイハナでおじさんと踊ったり。言葉もできなかったのに、今考えるとすごいコミュニケーションがとれていたと思う。

ソ連邦が崩壊してそれぞれの独立国となってから、まだ一度も足を踏み入れていない。なかなかお呼びがかからないまま20年が過ぎた。

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11.08.08

ツァリツィノ宮殿今昔Государственный музей-заповедник «Царицыно»

モスクワ南部にあるツィアリツィノ宮殿。以前、ここでネオナチの若者がカフカス系労働者を襲撃し殺害されるという事件が発生し、治安の悪いイメージがあった。たしかに地下鉄からそれほど離れていないとはいえ、宮殿敷地にいたるまでの道は人通りが少ないし、途中にある池もなんとなくしょぼい(冬は一面氷が張って、見違えるほど美しい)。

そんなツァリツィノ宮殿であるが、歴史は相当古く、エカテリーナ2世が1775年に築城した由緒ある「離宮」なのだ。建築はゴシック様式で、モスクワで著名な建築家のバジェーノフとカザコフが担当。お菓子の家を連想させる赤いレンガが印象的だ。ところが、エカテリーナ2世の死後、この建築は完成されず放置されてしまう。

初めて訪れた1998年当時、ツァリツィノ宮殿は「廃墟一歩手前」の様相。ところが2003年、2005年に行ったときは、やや様子が変わってきた。野外オペレッタや改築中の看板が掲げられ、ようやく完成へと動き始めたのである。考えてみれば、長らく「工事中」だった雀が丘地下鉄駅も、この頃完成している。経済状況の改善が感じられた。
赤いレンガで造られたアーチも人が上を通れるようになり、敷地内の教会も礼拝が行われており、かつてネオナチが跋扈していた雰囲気は払拭されたような、明るい公園博物館となっていた。

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2007年、モスクワ建都860年にあわせ「200年ぶり」の完成を盛大に祝ったツィアリツィの宮殿。残念ながら、私は完成後の姿を見ることはできず帰国 。現在はモスクワの新名所となっているそうだ。
 

↓ 2007年、完成したツィアリツィ宮殿。                 

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09.08.08

ダーチャ往復も一苦労

Traffic8月も半ば近くとなり、今年のダーチャ・ライフもいよいよクライマックスに近づいている。

お盆の帰省などという習慣がないかわり、ロシア人のダーチャへ向かうさまは、まるで民族の大移動にそっくりである。最近は車で移動する人が増えたせいか、その移動が頻繁になっているのだが。

エアコンが整備されていないロシアの乗用車で、写真のような渋滞にまきこまれると悲惨である。オーバーヒートした車が続出。さらに、路肩に寄せるという不文律が徹底されていないために、道路のど真ん中に停車したままということもしょっちゅうだ。

特にモスクワをぐるっと取り巻いている環状線MКАД(ムカット)は、慢性渋滞が解消されない。郊外に住む知人は、MКАДの向こうの我が家に帰るときは、いつもMКАДの手前でバスを降り、MКАД上の立体道路を歩いて横断するそうだ。夏はいいが冬はつらそうだ。

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08.08.08

便乗ツアー

夏になると外国人観光客がどっと増えるモスクワ。なかでも「地下鉄めぐり」は人気のプログラムだ。普段、生活で使いはじめると、駅の由来や見所など気にしなくなってしまう。せっかく「美術館のような地下鉄」のあるモスクワにいて、何気なく過ごしてしまうのはもったいない。

そう考えるようになってから、夏場、地下鉄めぐりをしているツアーに遭遇すると、適当に後ろをついてまわって、ちゃっかり説明を聞いたりしていた。もちろん、欧米系のツアーに混じると目立つので、日本からのツアーや台湾からのツアー客に混じるように心がける。欧米からのツアーでもアジア系の旅行客が混じっている場合は、これもこっそり混ぜてもらう。

当然のことだが、行動をともにするのは彼らが移動を始めるまでの間である。

同じような手口で、クレムリンなどの有名観光名所もちゃっかり便乗。ガイドのやり方も、うまいひとからヘタな人までさまざまで、こちらも勉強になった。

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02.08.08

シャルメーリ

モスクワでも老舗の製菓メーカー、ウダルニクから発売されているロシアっぽい菓子のひとつに、シャルメーリ(Шармель)がある。

カリーナなどすぐり類の実に砂糖の衣で固めたもので、中身は酸っぱくえぐい感じ、外はひたすら甘い、という不思議な味の菓子である。

しかし、クリームやカカオマスが大量に入った菓子に食べ飽きると、こういう素朴な菓子が非常においしく感じられる。塩気のない梅干の砂糖づけみたいなものであろうか。

以前は駄菓子風に量り売りされていたが、今ではこんなにきれいな箱に入って店頭を飾る。それでも素朴な菓子が生き延びていること自体が、すごいことではないかと思ってしまう。

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