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сентября 2008

28.09.08

いわゆる新興宗教集団

モスクワの新興宗教というと、一番に連想するのはハレ・クリシュナの集団。日本でもときどきお目にかかるが、モスクワだと注目度が違う。坊主頭に近い男女が、冬でも黄色いサリーのようなものをまとい、太鼓 を叩いて歌い踊っている。アルバート通りやプーシキン広場など、人が集まるところに出現する。1970年代にはすでにロシアに入ってきたとされているが、 経緯はよくわからない。

一方、オウム真理教の残党も生き残っている。2004年ごろは、プーシキン・カフェ付近に拠点があったそうだ。気功や指圧・マッサージなどを表看板としていたが、人の出入りがあまりにも激しく、昼夜を問わずうるさいので、同じ階の住人が警察に通報したらしい。しかし、捜査官の到着時にはすでにもぬけの殻だったという。郊外の工場跡地なども活動拠点らしいが、以前ほど派手な活動はしていない(と思われる)。

現在ロシア人にとって、宗教であり国民のアイデンティティのよりどころとなっているのはロシア正教会。国内で圧倒的優位を誇るロシア正教会は、新興宗教を「カルト」として糾弾している。しかしその裏では、相変わらず闇経済時代からの結びつきも取りざたされ、両関係の複雑さは杳として知れない。

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26.09.08

プーシキン劇場(Московскй драматический театр им. А.С.Пушкина)

地下鉄プーシキンスカヤに近いプーシキン劇場。アクセスがよいので、ちょくちょく通った劇場である。また、私がよくお邪魔した知り合いのロシア人おばあさんも、「退役軍人(ヴェテラン)ご招待」(独ソ戦では男女を問わず大戦に貢献していた)でしょっちゅう観劇していた。

前身から数えると90年の歴史を誇るモスクワでも屈指の歴史ある劇場で、タイロフなどの名優を輩出。1950年に現在の名称となる。ロシアの劇作だけでなく、欧米の作品も多く取り上げている。
ロマン・コザクが舞台総監督となってから、本館・別館とも次々と実験的な作品を発表し、毎年行われている「黄金の仮面賞」のノミネート常連でもある。

私がこの劇場で観て印象的だったのは、サチリコン劇場のコンスタンチン・ライキンとロマン・コザクによる二人芝居「Косметика врага(敵の化粧)」。ジキルとハイドのような二つの人格の戦いの話だった。また、映画「道」のジェルソミーナをモチーフとした 「Ночи Кабирии(カビリアの夜) 」は、これまで見たプーシキン劇場の演目の中で一番哀しい悲恋物語だった。神学生と妖女の戦いよりも対話が重視されたゴーゴリの恐怖譚「Вий(ヴィー) 」 、なにより楽しい子ども劇「Кот  в  сапагих(長靴をはいたネコ)」なども印象的だった。

駄作だったのは「Ромео и  Джульетта(ロミオとジュリエット)」。時代背景を現代に改編し、ウェストサイドストーリーのような青春ストーリーの雰囲気を出していたが、そのときの配役に演劇学校出たての若手二人の演技が快活でなく、あまり面白くなかった。

本館:Тверской  бульвар, 23

別館:Малая сцена: Сытинскй пер. , 3/25

Pushkin_teatr

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24.09.08

秋の街路樹

Ashberry2Рябина(ナナカマド)の実が色づき、秋の街路樹が華やかになった。雪が降ってもナナカマドの実は落ちないので、白に赤が映えてとてもきれいだ。

秋分の頃には、日中の気温が10度くらいの日が多くなり、葉が黄色くなるのもあっという間である。

Ashberry_2

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23.09.08

全ロシア装飾および工芸品博物館

サドーヴァヤ・カレートナヤ通りを横に入ったところにある広々した博物館。ロシア語での名称はВсероссийский музей декоративно-прикладного и народного искусствという。オステルマノフ伯爵の屋敷を改装し、1981年に開館。16世紀から現代まで、約10万点の民間工芸、玩具、服飾、テキスタイルなどをコレクションしている。

博物館としての「見せ方」は、薄暗くてイマイチなのだが、グジェリやホフロマ、民族衣装など、とにかくロシア土産といわれるもののすべてがここに陳列されており、トヴェルスカヤのマトリョーシカ博物館のボリュームが物足りなくなるほどである。また、陳列物の説明が極端に少なくロシア語のみのものが多いので、事前に予習していった方がいいかもしれない。特に、アンティークの部類に入る工芸品は見逃せない。

「全ロシア」と銘打っているだけあって、ヨーロッパ・ロシアの工芸品だけではなく、極東や少数民族のものも展示されている。

Ул.Делегатная  3

Handcraft_museum

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21.09.08

「サンドウィッチ」の概念

ロシア語にブテルブロートという言葉がある。訳すと「オープンサンド」だが、物によってはときどき「サンドウィッチ」と訳されていることもあり、日本人の誤解を招く。

ロシアには、パンで野菜やたんぱく質をはさんで食べる習慣はない。パンに「載せて」食べるのが一般である。実際、ロシアの黒パンは、スライスするとぽろぽろと崩れやすくなるため、具をはさむのには向いていない。白いパン「ナレズヌィ」も、どちらかというと学校給食のコッペパンを長くした感じなので、サンドイッチには不向きだ。

ロシア人の「お弁当」は、このブテルブロートが多い。日本でいうなら、「おにぎり」のようなイメージと言える。ポケット状に膨らむパンに具をはさんで食べるのは、ウズベキスタンの「シャウルマ」、アルメニアの「ラバーシ」など。ロシア人にとって、パンにものを「はさんで」食べるのは、ややエキゾチックな食べ方のようである。

Bread

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19.09.08

迷信と魔術

ロシア人は迷信深い。本当に唯物論や無神論を唱えたコミュニズムの国だったのかと疑いたくなるほどだ。

特に女性は占いをよく信じる。雑誌や新聞には必ずといっていいほど、今日の運勢が載っている。俗に言う「星占い」で主流。日本人が相手の血液型で性格の傾向をつかむように、ロシア人は相手のホロスコープをよく訊ねる。ただし、血液型占いはポピュラーではない。

秘密結社による降霊術の伝統があるので、今でも「こっくりさん」と同じような自動書記による占いも盛ん。自分の思いをかなえたいときに、プロの魔術師に依頼することもあるようだ。無料タウン誌などには、Магия(マジック)という項目がある。白魔術、黒魔術のどちらが専門か表記されているが、どんな人がやっているのか不明だ。さらに、極東の共和国などから来た「シャーマン」もいて、ロシア人も「ご神託」を聞きによくやってくるという。

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17.09.08

アロマなヘアケア用品

「アガーフィヤおばあさんの処方箋」シリーズとして発売されている、スキンケア、ヘアケアシリーズ。パッケージもアロマテラピーやハーブセラピーのオーガニックな雰囲気を前面に押し出し、女性受けを狙う。

ロシアには、中国の漢方薬のような体系立った薬草学はないが、かわりにハーブを医療や病気予防に使うフィトセラピーが盛んである。普通の病院でさえ、処方してくれるレセプトの中に、オオバコだのローズヒップだのといった「ハーブ」が入っていたりする。薬局ではハーブも売っているので、処方に従って「煎じて」飲むわけだ。

当然、美容にもアロマやハーブセラピーが生かされている。最近は日欧米の化粧品が入手できるほどリッチになったロシア人だが、基本的にナチュラル志向が強いので、アロマやハーブセラピーは基本の手入れ法として今なお支持されている。

Shampoo

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エレーナ・カンブロヴァヤ 音楽と詩劇場

Photo_2地下鉄スパルチーヴナヤからノヴォデーヴィッチ修道院方向へ散歩していたときに偶然見つけた劇場である。近所に住んでいた日本人の友人が足しげく通い、とてもいい劇場だと言っていたのだが、私は1回しか行くことができなかった。

その貴重な1回は、5月9日のブラート・オクジャワの誕生日に彼をしのんで上演されたオクジャワ追悼の朗読と歌曲プログラム。タイトルは「デンマーク王のしずく」。長方形のテーブルを囲んで出演者が座り、ギターの伴奏で詩を朗読したり歌ったりする。照明はろうそくの明かり。観客もその食卓に招かれた客の一人として、劇空間を共有する。内容はあまりよくわからなかったが、ミュージカルともオペレッタとも違う不思議な雰囲気を堪能できた。

ちなみにブラート・オクジャワ(Булат Шалвович Окуджава)は、モスクワ生まれのシンガーソングライター。グルジア人の父とアルメニア人の母の間に生まれ、グルジアを心象故郷として慕ってきた。彼は1997年にパリで亡くなっているが、今のロシアとグルジアの関係を見て、何と思うだろうか。

Театр Музыки и поэзии п/р Елены Камбуровой

Ул.Б.Пироговская 53/55

www.kamburova.theatre.ru

Photo_3

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11.09.08

アクセサリーショップ

宝飾関係のついでに、ティーンエイジャーやお金のない若者向けのアクセサリーショップのことも書いておこう。

いわゆる「雑貨」が氾濫しはじめたのは、安く仕入れられる中国製品のおかげである。アルバート通りにある「Accessorize」という店は、日本にもあるようなアクセサリーや小物関連ショップ。季節に応じた品揃えが、色別や素材別に分類されているところが面白かった。値段は、日本の雑貨屋より高いが、チープなおしゃれを楽しみたい女の子でいつもにぎわっていた。店員も自分なりのコーディネートをしていたところが、今までのロシア的ショップと違う。

宝石箱をひっくりかえしたようにカラフルなこの店は、その後モスクワのあちこちにチェーン店を出している。

Accessory

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07.09.08

ロシアのピアス

ピアスに目がない。ただし、耳以外につけようと思ったことはない。

ロシアのおばさんたちがつけているピアスは、概して大きなガーネットとおぼしき赤い石がぶら下がっている。しかもホールに固定する部分はがっちりしており、アクセサリーとしての繊細さはあまりない。

ロシアのおばさんたちが身につけているピアスを探すべく、あちこちのアクセサリー屋に行ってみたが、同じものは見かけなかった。宝飾屋の主人曰く、ソ連時代によく見かけたタイプで、旦那から贈られた物にちがないとのこと。
だからといって、今モスクワで売られているピアスが洗練されたかというと、そうでもない。

スタッド型のピアスも日本のものに比べると、ホールに通す部分が太い。留め金式タイプも、穴の形が変わるのではと思うほどごつい。しかも、日本で人気のホワイトゴールドはめったになく、だいたい金585(14金)である。プラチナは腰をぬかすほど高く、資源産出国とは思えない値段だ。

結局、私がモスクワで買ったピアスは、どれも引っ掛け式の14金にガーネットか小さいルビーがついているものばかりになった。一応、鑑定書はつけてくれる。いくつかのピアスは、はめているうちにピアスホールが痛くなり、結局日本でリフォームしてしまった。

Pierces

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03.09.08

ドンスコイ修道院

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紹介された歯科医が、ドンスコイ修道院の敷地近くにあり、ついでに修道院を見学した。修道院なのに、どうして戦車の類が? ロシア正教会と戦争の遺物という、あまりにミスマッチの風景に、違和感を感じた。

あとで知ったのだが、スターリングラードの攻防戦のあと、市民の浄財を集めて造られた戦車なのだそうだ。1942年にロシア正教総主教のセルギイが戦車の隊列にドミトリー・ドンスコイと名づけていたらしい。

ドンスコイ修道院では、そのときの戦車を記念・保存しているわけで、大祖国戦争が聖職者も正当化するものであることが実感できた。

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