今年もありがとうございました

今年も莫斯科浮遊録をご覧いただきありがとうございます。2009年はついに4年目。そろそろ最終年かな? と思いつつ、まだまだ続きます。
С новым годом、新年快楽年年有余、よいお年を。

今年も莫斯科浮遊録をご覧いただきありがとうございます。2009年はついに4年目。そろそろ最終年かな? と思いつつ、まだまだ続きます。
С новым годом、新年快楽年年有余、よいお年を。
IWC(インターナショナル・ウーマンズ・クラブ)に所属していた頃、初心者・個人でもOKという文句につられて、バレエを習いに行ったことがある。ほかの日本人駐在者は、日本人学校の中にあるグループレッスンに参加していたが、へそ曲がりの私は日本人集団に関わる気になれず、迷わずこちらを選んだのである。
教えてくれたのは50歳くらいのアンナ・フョードロヴナ先生。背丈はそれほど高くないが、ぽっきり折れそうなほど痩せている。彼女の自宅は、旧アルバート通りから横丁に入ったアパートの一室。そこが居住兼レッスン場だった。室内は玄関ドアから廊下をつたって、練習バーが取り付けてあり、お世辞にも広いとはいえないフラットだが、どこでも練習できるような工夫がしつらえてあった。
フョードロヴナ先生は、元ボリショイバレエ団のプリマだったといい、部屋の中には白黒の大きい舞台写真がおいてあった。日本にも公演しに行ったことがあるという。十八番は「ドン・キホーテ」だったそうだ。
私にはバレエを習った経験はなかったので、とりあえずバーレッスンで基本から、ということになった。しかし、困ったのが言語。IWCの共通言語は英語なのだが、フョードロヴナ先生はロシア語しかしゃべってくれない。動作の単語は基礎的なものはわかるが、細かいものはわからない。結局、先生の動作を見て単語を理解する、ということでレッスンは進んでいった。
体は元来ある程度柔軟だったけれど、脚は思ったほど上がらない。そこで先生にどうしたらよいか尋ねたことがある。フョードロヴナ先生はあっさりと、「それは脂肪がついていて、持ち上げるのに重過ぎるからだ」と言われた。それでも双方、美容と健康のためと割り切っていたせいか、毎回淡々と進んでいった。
さて、なんだかんだと見学記のインターバルが開いてしまったが、続きがまだある。
グジェリ工場の見学というツアーだったにも関わらず、はじめに通されたのはなぜかマジョルカ焼きの工程作業場だった。マジョルカ焼きは、グジェリの白地にコバルトブルーのスタイルが形成される前にモスクワに伝わった焼き物の技術だ。ローマ陶器の流れを汲むマジョルカ焼きは、紐作りやろくろを使って形を作る、本当の手作業の陶器である。そのため、グジェリ陶器に比べて肉厚でどっしりしている。また、絵付けは素焼き後に行われる。グジェリ村で作られているマジョルカ焼きは、18世紀ごろイギリス経由で伝わったが、最盛期は短かったという。
この工場ではグルジア人の陶工がマジョルカ焼きを制作していた。また、マジョルカ焼きは、グジェリ工場の敷設売店ではなく、青空市場で売られていた。同じ工場内で製造されているのに、格付けを感じてしまった。
クノールやガリーナ・ブランカといった、インスタント食品の世界企業が参入した来たことで、ロシアのカップスープ事情もだいぶ変わってきた。無愛想な印刷のパッケージにお世辞にもおいしいといえないインスタント食品の世界がかなりレベルアップしたのだ。
コンソメスーやトマトスープの類はまちがいなくおいしくなった。ただし、ボルシチなどはただ赤紫の液体が出来上がるだけで、まったくコクがなく、いかにも人工的な風味付けである。
ロシアのインスタント食品でおもしろいのは、ラプシャ(麺)入りが多いということ。カップスープの大半にスパゲティを細く短くしたような麺が入っている。これではカップスープというよりカップラーメンである。お湯を注ぐだけでできあがるカップスープは、職場に食堂がないところではけっこう重宝されているようだった。
一番好きなロシアの工芸品はグジェリだが、同じくらい気に入っているものがある。それがこのニワトリの土製置物。孔雀と見まごうばかりの立派な「尾」を持ち、オスのニワトリはどっしりとした仁王立ち。このニワトリはメスなのか、ひよこを従えている。
ノルンシュタインのアニメからもわかるように、ロシアではニワトリは「勇敢な動物」のひとつ。いわゆるケンカ鳥のイメージである。
下は伝統的な楽器のひとつ。ハープに似た構造で、指でつまびく。どれも開放弦を用いるため、音階を記した紙を挟み初心者でも簡単に曲を弾くことができる。
話は変わって、今年モスクワでは民芸品展覧会(Ladi)が開催されたそうだ。友人がその写真を送ってくれた。民芸品好きとしては、涎垂ものの展覧会だ。
ゴーゴリの「狂人日記」は、魯迅の「狂人日記」に影響を与えたとも言われている。たしかに妄想に憑かれていく様は、文豪魯迅に何がしかのインスピレーションを与えたであろう、圧倒的迫力がある。
さて、この作品は多くの劇場で舞台化されている。私がモスクワで見た「狂人日記」は、ヴァフタンゴヴァ劇場、フォメンコ演劇工房そしてアパルテ劇場の三劇場だ。
ヴァフタンゴヴァとフォメンコでは一人芝居の形式だった。前者は舞台の真ん中におかれた棺おけのような大きな箱の周りで独白が続く。観客はたった一人の出演者を取り囲むようにして観劇するのだが、彼の狂気の原因が己の身分違いの恋ではなく、まるで周囲の我々にあるように錯覚させられていくのには衝撃だった。
フォメンコではあえて「狂人日記」と題せず、主人公の名前「ポプリシン」がタイトルとなっている。一小役人の男の被害妄想と狂気への過程が丹念に描写されていた。フォメンコスタジオの奥行きある舞台を縦横無尽に使って、時間と空間の効果も最大限発揮。
そしてアパルテ劇場では、「狂人日記」をモチーフとしたモノローグ作品「湿った雪について」というタイトルになっていた。こちらはヴェーラ(長官の娘?)というロインとの二人芝居。しかし会話の応酬はなく、互いに独白するだけである。狂気に陥っていくのは、主人公の小役人だけでなく、ヴェーラの方もであった。場面もひたすら雪の中。ちょっとしんどい独白芝居だった。
「狂人日記」の被害妄想は、なにも帝政ロシアの時代だけではなく、現代にも共通性がある。どうにもならない障碍にぶつかったとき、しだいに狂気に取り付かれてしまうのは、人間の根本的なものなのだろう。それをこれだけ突き放して描写し、舞台化へのインスピレーションを与えるゴーゴリはすごいの一言に尽きる。
ロシアのマスコミでも日本の新聞にあるような四コマ漫画っぽいものが浸透し始めた。
その中でも私が好きだったのは、フリーペーパー「大都会(Большой город)」に連載されていた漫画、「アキミッチとヴラジーミル・ヴィラジーミロヴィッチ」。
登場するのはアキミッチというルンペン風の一般市民と、ロシアの典型的おばあちゃんキャラであるバーブシュカ、そして誰もがすぐプーチンとわかる風貌のヴラジーミル・ヴィラジーミロヴィッチの三人。絵柄もへたうまっぽく、アネクドートのようなぴりりとした風刺はない。当初はアキミッチとバーブシュカだけで、V.ヴラジーミロヴィッチは出てこなかった。
話の内容はアホなアキミッチに賢いヴラジーミロヴィッチという真っ当路線に、バーブシュカの奇妙奇天烈な言動が絡む。これを見る限り、ロシアで本当にエライのは大統領じゃなくておばあちゃんだということがよくわかる。
しかし世は高齢化社会。ヴラジーミロヴィッチも院政に退き(これを退いたというべきか?)、タンデム社会となった。おばあちゃんももうボケているかもしれない。そこに、新しい登場人物、ドミトリー・アナトーリエヴィッチが加わったらどうなるか興味は尽きない。
モスクワにいたとき、ほぼ毎日地下鉄に乗っていたにもかかわらず、日本の鉄道のように事故による遅延・運転見合わせというのには遭遇しなかった。安全確認などいいかげんなモスクワ地下鉄で、本当に事故が少なかったのか、真相はわからない。
ただ、知り合いのロシア人に言わせると、「本当は人身事故も起こっているし、鉄道自殺もある」という。ただ、日本のように運転を厳重に見合わせたりしないらしい。ときどき乗っている電車が急停止してしばらく動かなくなるときがあるが、状況説明は一切ない。
またモスクワ地下鉄のプラットフォームは、両サイドに線路があるので、乗降が右になったり左になったりしない。基本的に左の扉が開閉する。ところが、わずかにいくつかの駅は二つの路線が同一プラットフォームで乗り換えられるようになっているため、乗降口が逆になる。あるとき、例外的な駅で駆け込み乗車した人の荷物がドアにはさまったまま電車が出発した。かわいそうなことに、その乗客は荷物をはさんだまま、終点まで行くことになってしまったという。
ペテルブルグの地下鉄駅には、安全柵のついている所があるが、モスクワでは予算の都合かまだない。いずれにしても、あの乗客の多さ、オペレーションの粗さから、絶対事故がおきているはずなのだが・・・。
2009年1月に来日公演するニクーリン・サーカス。実はモスクワでは「古いサーカス」として親しまれている老舗である。モスクワの中心部、地下 鉄ツヴェトノイ・ブリヴァール駅のそばに小屋を持ち、ほとんど毎日公演している。空中ブランコあり、クラウン(ロシアの人たちは、「ピエロ」と言わない) あり、動物の芸ありの古典的出し物だが、その洗練度は非常に高い。大人にも満足できるサーカスである。
このサーカス団の名称に冠せられているニクーリンとは、有名なサーカス・クラウンであったユーリー・ニクーリン(Юрий Владимирович Никулин)氏のこと。建物の外に、ニクーリン氏とクラシックカーの銅像がたっており、このサーカスを訪れた人たちが記念写真を撮る名所となっている。
日本で有名ないわゆる「ボリショイ・サーカス」は、地下鉄ウニヴェルシチエット(モスクワ大学)そばのテント型建物を根拠地とするサーカスで、こちらがあとにできたサーカスなのでモスクワっ子からは「新しいサーカス」と呼ばれている。たしかにハコはボリショイ(大きい)だが、中身はニクーリンの方が芸術的だ。
http://www.circusnikulin.ru/
右)古いサーカスの建物広場にあるニクーリンの像。
Recent Comments