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20.12.08

三つの「狂人日記」

ゴーゴリの「狂人日記」は、魯迅の「狂人日記」に影響を与えたとも言われている。たしかに妄想に憑かれていく様は、文豪魯迅に何がしかのインスピレーションを与えたであろう、圧倒的迫力がある。

さて、この作品は多くの劇場で舞台化されている。私がモスクワで見た「狂人日記」は、ヴァフタンゴヴァ劇場、フォメンコ演劇工房そしてアパルテ劇場の三劇場だ。

ヴァフタンゴヴァとフォメンコでは一人芝居の形式だった。前者は舞台の真ん中におかれた棺おけのような大きな箱の周りで独白が続く。観客はたった一人の出演者を取り囲むようにして観劇するのだが、彼の狂気の原因が己の身分違いの恋ではなく、まるで周囲の我々にあるように錯覚させられていくのには衝撃だった。

フォメンコではあえて「狂人日記」と題せず、主人公の名前「ポプリシン」がタイトルとなっている。一小役人の男の被害妄想と狂気への過程が丹念に描写されていた。フォメンコスタジオの奥行きある舞台を縦横無尽に使って、時間と空間の効果も最大限発揮。

そしてアパルテ劇場では、「狂人日記」をモチーフとしたモノローグ作品「湿った雪について」というタイトルになっていた。こちらはヴェーラ(長官の娘?)というロインとの二人芝居。しかし会話の応酬はなく、互いに独白するだけである。狂気に陥っていくのは、主人公の小役人だけでなく、ヴェーラの方もであった。場面もひたすら雪の中。ちょっとしんどい独白芝居だった。

「狂人日記」の被害妄想は、なにも帝政ロシアの時代だけではなく、現代にも共通性がある。どうにもならない障碍にぶつかったとき、しだいに狂気に取り付かれてしまうのは、人間の根本的なものなのだろう。それをこれだけ突き放して描写し、舞台化へのインスピレーションを与えるゴーゴリはすごいの一言に尽きる。

 

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