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февраля 2009

27.02.09

「スタニラフスキーの家近く」劇場(Около дома Станиславского)

正式名称はタイトルのとおり長たらしい。だが、一般に「オーカラ」(~の傍のという意味)という愛称で親しまれているスタジオ劇場。名前のとおり、はす向かいにスタニラフスキーの家博物館がある。また、チャイコフスキー音楽院やマヤコフスキー劇場も近く、周囲はモスクワの旧市街の印象である。

ところが、この劇場は2003年(だったと思う)に火災になり、私が帰国する前のシーズンは休館となってしまった。もちろん、別の劇場を借りて活動をしていたのだが、私はそこへ足を運ぶヒマがなく帰国になったという次第。

その年は、スタニラフスキー=ダンチェンコ劇場も衣裳部屋の電気系統の発火が原因で火事になるなど、古い建物に入っている劇場には受難の年。どこも古い設備に過重な電流を通しているのだから、火事にならない方が不思議なのかもしれない。

さて、この「オーカラ」だが、いままで観にいった芝居は「桜の園」、ベケットの「ゲームの終わり(Конец игры)」、「私たちは絶対不道徳の環境に住んでいる(Мы живаем абсолютно аморальной атмосфере)」など。観たものはたいてい1時間半程度の一幕ものばかり。座席がゆったりしておらず、あまり暖房が効いていないので、長い演目は敬遠していたのを覚えている。

www.okolo.ru 

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22.02.09

ロシア人の名前のバリエーション

今年入手した日めくりカレンダーには「名前の日」が記入されていた。そういえば、ロシア人の名前は、日本人に比べてそのバリエーションが少ない。姓の種類が多いのと対照的である。

花子・太郎に相当する「イヴァン」(英語圏のジョンに相当)「マリーヤ」(英語圏のメリーに相当)、時代を感じさせる「ニコライ」「ミハイル」「ピョートル」「ニーナ」「リュドミラ」「アンナ」「タマーラ」は最近ほとんど見かけない名前となった。代わって増えてきたのがヨーロッパ風の名前。「デニス」「アントン」「ダニーラ」「キーラ」「ポリーナ」など英語圏でも使えそうな名前だ。それでも多いのは「アレクサンドル」「イーゴリ」「セルゲイ」「ドミトリー」「スヴェトラーナ」「エレーナ」「イリーナ」「タチヤナ」などだ。祖父・祖母や父母と同名のつける習慣も根強い。たとえば、プーチン首相は「ウラジーミル・ウラジーミロヴィッチ・プーチン」と父称から彼の名前は父と同じ「ウラジーミル」だとわかる。

名前自体のバリエーションは少なくても、呼称のバリエーションは想像以上に多い。「アレクサンドル」は「サーシャ」「シューラ」、「ウラジーミル」は「ヴォーヴァ」、「アンナ」は「アーニャ」「アンヌシカ」、「エカテリーナ」は「カーチャ」などと形を変える。「ドミトリー」は普通「ジーマ」だが、知り合いは「ジム」と呼ばれていて、かなりびっくりした。

もとは男性の名前を女性形に変えることで、両性に使う名前もある。「ヴィクトル」「ヴィクトリア」、「ヴァレンチン」「ヴァレンチーナ」、「エフゲーニー」「エフゲーニヤ」などだ。もっといろいろな名前のバリエーションを知りたい人は、ロシア人の国際結婚紹介サイトなどを見ると傾向がわかる。

さて、ロシア文学などを読んでいると「名前の日」という習慣が出てくる。自分の名前が聖人に由来する場合、その記念日を祝うという風習だが、私の周りにそのようなお祝いをやっている人はいなかった。でもカレンダーに記載されているところを見ると、日Karendari本の六曜のように、今も気にしている人がいることの表れだろう。
また、日本の姓名判断に相当する占い本も多く出版されており、名前が現す体と運命について事細かに解説してある。ただしロシア文字に画数はないので、代わりにカバラの数字を関係づけて運命をみたりする。

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20.02.09

ラムストール(Рамстор)の衝撃

トルコ系スーパーマーケットのラムストール(Рамстор)1号店が、地下鉄マラジョージナヤにできたのは、たしか1998年(ホームページによると1997年には設立されたことになっているが)。これまで買い物するのにも一苦労していた在モスクワ外国人にとって朗報だった。それまでスーパーマーケットとは、シジモイ・コンチネント、外資系のサトコ、シーヴァ(現ペレクレストック)、そしてまだ大展開していなかったカリンカ・ストックマンくらいだったからだ。外資系スーパーの価格はかなり高く、買い込みや日常の買い物にはちょっと不向き、だった。

一方、ラムストールは、スーパーではなく、ギガマーケット(гипер маркет)。値段も安く、品揃えも多く、まるでアメリカのマーケットのように大きなショッピングカート(тележка、корзина)で売り場を行きかうなど、日本でもめったに体験できないような大量買いの快感を味える場所として出現した。

建物内部には多くのテナントを抱え、2階にはマクドナルドなど家族でくつろぐ場所も確保。トイレも無料だし、美容院やクリーニング店など、今ではあたりまえのサービス店がそろっており、これも「衝撃」だった。私はいつも1階のサユーズでCDやVCDを物色し、その後2階のテナントを一巡りして1階のスーパーで買い物というコースをとっていた。

第2号店はマリーナ・ロシャにシネコンつきでオープン。ただしここは地下鉄がまだ開通しておらず、車でないと来にくいので、あまり通っていない。今でこそアシャーン(Ашан)など大型ショッピングモールは珍しくないが、当時は本当に画期的なことだった。

Ramstor_2http://www.ramstore.ru/

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18.02.09

屋根崩落事故から5周年

少し遅れてしまったが、2004年2月14日夜、モスクワ南部にあるアミューズメント施設「トランスヴァーリ・パルク(Трансвааль парк)」で、室内プールの屋根が雪の重みで崩落し、25人が死亡した事件があった。雪の中を水着姿で救出される様子はテレビニュースにも放映された。当時、あちこちでテロが頻発しており、そのたび犠牲者は瓦礫の下敷きとなっていた。そして、この事件に関しても、またテロが起こったのかとモスクワ市民が疑心暗鬼となった。

これまでも老朽化した建物の屋根が雪で崩落するという事故は、地方でもたびたび起こっていたが、モスクワのそれほど古くない建物で発生するとは思っていなかったので、私もかなり動揺した。しかし、実際は新しいものほど突貫工事が多く、この施設の場合設計上のミスがあったということだから、ロシアで安全な場所はほとんどない、ということになる(本当に安全な建物は、ドイツ人捕虜が建設に携わった1950年代に建物だけというウワサもあった)。

当時、私がモスクワでもっとも恐れたものは、①警官、②ネオナチ、③生き埋めになること、であった。

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15.02.09

今年のマースレニッツァは祖国防衛の日から

プーチン政権下で純ロシア的な行事が次々と復活し、中でも規模が拡大するマースレニッツァ。卵や油を使い尽くす「精進前の祝祭」であるこの習慣、今年は2月23日から3月1日までだという。ところで2月23日は「祖国防衛(者)の日(День защитника Отечества )」、俗に3月8日の”女性の日”に対する”男性の日”と呼ばれている。

2003年だったと思うが、ちょうど「祖国防衛の日」の昼間、プロスペクト・ミーラにある日本食材店に買い物に行ったとき、コートも着ていない軍服姿の若者2人に行く手をはばまれた。地下鉄に乗るための小銭がほしいという。ロシア語がわからないふりをして無視しようとしたところ、年配の女性が近寄ってきて、「可愛そうに、ちょっと恵んでやったら」といって50ルーブル紙幣を彼らに手渡した。仕方がないので、私もポケットにねじ込んでいた10ルーブル紙幣を数枚渡したのだが、彼らは礼さえ言わずに去っていった。私はどうして兵隊が「たかる」のかこのとき理解できなかった。

徴兵された兵隊たちには、ほとんど給料らしい給料は支払われない。そればかりか、軍隊の環境は劣悪で、いじめは日常茶飯、栄養失調で病気になる人もいる。もちろん、徴兵中に死亡しても、本当の死因は明かされず、遺族に補償が出ることもないだろう。プロスペクト・ミーラで遇った彼らはおそらく休暇で家に戻っていく途中だったと思われる。彼らのことを哀れんだ女性も、自分の息子が徴兵されているのかもしれない。

徴兵制のない日本にいると、国家権力によって死に至らしめられる危機をあまり感じない。「戦勝国」であるロシアでは、軍隊は祖国防衛の要。良心的兵役拒否というシステムは、ロシアでは実施不可能なのだ。

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14.02.09

можноの効用

ロシア語を母語としない者にとって、「можно(モージナ)」という単語ほど便利なものはない。まるでロシア語の中のワイルドカード。尋ねる場合は上がり調子、答える場合は下がり調子でしゃべれば、これ一語でかなりのコミュニケーションが取れる。

研究社のロシア語辞典によると、можноには、①できる、する可能性がある=かもしれない、②してもよい、нeをつけて~しなくてもよい、という可能性と許可の二つの意味が書かれている。

私がよく使っていたシチュエーションは、対面式の店などに行ったときだ。店員を呼ぶのにまず「можно?」。今こっち応対してもらってもいい?くらいのニュアンスである。相手は「можно(いいですよ)」と答える。「これをちょうだい」という意味で「можно?」をまた使う。相手はそれに対して肯定や否定の返事を返すという具合。

ただし相手に向かって具体的に手振りやモノを見せたりする必要があるから、電話では使えない。

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13.02.09

モスクワの道路舗装

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石油産出国にもかかわらず、モスクワの舗装は貧弱だ。でこぼこせずに舗装されているのは、クレムリン周辺と大統領の通勤路くらいだろうか。

郊外に続く道や横丁などは、ところどころ穴が開いているようなひどい舗装。歩道などは傾いていたりする。昨今の暑い夏と雪と氷で凍りつく温度差が、道路の表面を磨耗させていく。アスファルトに固められた砂利がむき出しになった道を車は速度をゆるめずに走るので、タイヤの磨り減りは早い。また、雨の日に歩行者は車から水をかけられるのが日常だった。

一度雪道で乗っていた車が急にスピンしたことがある。すんでのところで対向車にぶつかりかけたが、片方のタイヤが道にあいた穴に埋まっていた。ちなみにロシア語で穴やくぼみのことをヤーマ(яма)というが、「ヤーマに落ちた」とはなんというパラドックスな表現だろうと急停止した車の中で思った。

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10.02.09

モスクワ大学プレミアグッズ

モスクワ大学(МГУ)の建物は、門番による学生証や入構許可証を提示チェックが厳しい。以前はわりと簡単に建物内に入ることができたが、最近は門番にワイロを渡して中に入る手段も通じなくなってしまったようだ。

モスクワ大学内の売店には、書籍はもちろん、さまざまな学用品、食品、日用品が売られており、その中にモスクワ大学関連のプレミアグッズも数多く売っていた。一番安くて手軽に購入できるのはノートなどの類。日本の学習ノートよろしく、科目別のノートが売られている。どのノートにもメイン・ビルディングのイラストが。

そして、Tシャツもいくつか種類がある。私が購入したのは濃紺のものだが、フリーサイズなのでけっこう大きい。ここ数年は立ち入っていないのでわからないが、おそらくいろいろな高級なプレミアグッズも開発されていることだろう。

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06.02.09

モスクワでのクリーニング

モスクワに暮らし始めた頃、クリーニング店がどこにあるのかわからず、ウールものを自分で洗濯してダメにしてしまったことが何度かある。冬中着まわしたコートに付着した汚れも、落とそうとして逆に染みにしてしまったことも。

ロシア語に慣れるにつれて、クリーニング店の看板や店構えがわかるようになり、おそるおそる出すようになったが、始めの頃はその対応にびっくりした。

最初は自宅近所のクリーニング店。開店時間帯が恐ろしく短い。午前11時から13時まで。13時から2時間は「昼食」。午後は平日が15時から18時まで、土・日は休み。たまに「テフニーチェスキー・ぺレリーフ:технический перерыв」(直訳すると技術的休憩)という、機械の故障なのか従業員のサボりなのかわからない臨時閉店。
しかも持っていった衣服のボタンは全部あらかじめ取るように言われた。つまり、クリーニング中の破損は責任持たないので、仕上がったあとに自分で縫いつけろ、ということなのだ。
あまりにも面倒くさいので、ここはセーターを1回出しただけだった。

次は転居後に見つけた、同じ敷地にあるクリーニング「取次ぎ店」。ところが営業時間が明記されているにもかかわらず、店番がいるかどうかはあらかじめ電話をして確認しなければならない、というお粗末さ。うまく出せても引き取れない。そういうわけでここも使うのをやめた。

結局、行き着いたのは「ディアナ(Диана)」という名前のチェーン店。ここも昼休みがありその間受け付けてもらえないが、顧客カードを作ればいつも10%割引、しかもいつできるかきちんと答えてくれるので非常に助かった。クリーニングの出来もまあまあ。ただ、名前タグが大きな針のホチキスでバッチリ服に留めてあるのには閉口したが・・・。

のちに「御用聞き」のようなクリーニングサービスもできたと聞いたが、利用しなかった。

Diana1 Diana2

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