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октября 2009

27.10.09

耳聞きロシア語

USAを意味するСШАは「エス・シャー・アー」ではなく、「セシャー」。BMWは「ビー・エム・ダブリュー」ではなくて、「ベンヴェー」、CD-RWは「シーディー・アールダブリュー」ではなく、「シーディー・エルヴェー」と発音しないと通じない。

つまり、英語のWhat time is it now? が字面どおり発音してはなかなか通じないように、ロシア語にも字面の読みと違うものが存在する。「W」を「ヴェー」と読むところは、ドイツ語の影響かと思えるが実際のところどうなのだろうか。

ロシア語は子音の連続が多いわりには、母音による音節がはっきりしており、慣れればヒアリングは楽かもしれない。私の場合は、耳覚えのロシア語があまりにも多いために、つづりがわからず苦労しているが。

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24.10.09

モスクワの夜空

冬の星空は美しいというが、モスクワでは雪が降り出す前までが星空を楽しむ最後のチャンス。
とはいえ、モスクワ中心部は街灯やビルの屋上に輝く電光看板がまぶしすぎて、星など見ることはできない。月を除けば金星がせいぜいだ。モスクワに住むロシア人も、天体マニア以外星空を眺めるなどということはあまりない。たとえ星空を見上げるとしても、星座や流星など関心なし。
ところが、星空に関心は薄くても、惑星探査衛星や宇宙飛行士などには興味を持つ。特に「火星」は宇宙フロンティアのロマンを掻き立てるものがあるようだ。
私がモスクワにいた頃モスクワ大学の近くにプラネタリウムがあったが、ある日突然閉鎖となった。身近な宇宙より壮大な宇宙が好きなロシア人。このあたりの距離感が、宇宙科学発展の基礎となったかもしれない。
Zhonqie091

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23.10.09

劇場占拠事件発生から7年

ドゥブロフカの劇場占拠事件が起きて、ちょうど7年となった。

今なお使用されたガスの成分について、政府から公式発表はなされていない。とりあえず被害者にはいくばくかの見舞金が出たことで、一件落着とされているが、今年3月、死傷した人質たちの所持金が捜査当局によって盗まれていた訴える裁判が行われた。

いくらなんでも被害者から金を当局が盗むとは言語道断。しかし、ロシアでは交通事故に遭った人から臓器が盗まれることもよくある話と聞かされていたので、よくよく考えるとあってもおかしくないのであった。

恐るべきは、シャヒドベルトをしたテロリストより警察、特殊部隊。彼らが公権力を行使して行ったことは何一つとがめられない。7年前からそう思うようになっている。

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17.10.09

ダストシュート

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モスクワのアパートには、階段の踊り場やエレベータ付近にダストシュートが備え付けられている。形・色・フタの開け方などさまざまだが、上の階から落とされたゴミは下のゴミ収集口まで一直線に落下する。基本的に瓶など割れると危ない物以外、何でもダストシュートに放り込む。ゴミを袋に入れようがゴミ箱から中身だけ捨てようがかまわないし、分別もなし、ゴミ収集の時間も関係なし。日本から来た者にとって、これは便利すぎる。

だが便利な反面、問題も多い。
監視がないので、タバコの吸殻を投げ捨てボヤが出たこともある。ダンボールなど大きいゴミを無理に押し込み、ゴミが下まで行かずに貯まってしまったり、夜中にゴミを捨てる音が配管を伝って響くことも。寒いロシアでゴキブリが元気なのもこのダストシュートのおかげ。

しかし、もっと驚くべきゴミ捨ての習慣がロシア人にはあった。
フラットを出るともうダストシュートなのに、残飯などちょっとしたゴミを便器に捨てる人が多い。さすがに紙ごみは流さないが、油ものなど平気で流してしまうのだ。だから、トイレの排水が壊れることもあるようだが、意に介する人が少ないというのもロシア人のおおらかさだろうか。

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13.10.09

猫店長

日本にも店の看板となるペットがいるように、モスクワでも店に居ついている動物がいた。

ただし、日本のような「招き猫」伝説はないので、あくまでも店主のペットか単に居候しているだけの犬猫である。彼らは商品の間を自由に歩き回り、客の買い物の邪魔をしても店の従業員に怒られることはない。以前は番犬やネズミ捕りとして活躍したであろうが、今はひたすらのんびりと過ごす。

Kuzma02 このようにきわめてマイペースな店付き小動物だが、日本のように遠方からわざわざ客が逢いに来るなんてこともない。

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11.10.09

子どもの外国語獲得

ロシア人と結婚した日本人の間に生まれた、いわゆる「混血児」。彼らの母語をどれにするかは、母親が どっちの民族かで大きく左右される。ちなみに圧倒的に多い日本人父・ロシア人母の組み合わせの場合、子どもはロシア語思考を植えつけられる可能性が高い。 ポーランド人と結婚した夫婦(日本人妻)の場合、夫婦の共通語はロシア語なのに、子どもは日本語をしゃべっていた。要するに、母親が日常子どもに向かって 話す時間が長い語学が優勢となるだけのことだ。

日本人どうしの夫婦でも、ロシア人のняня(ニャーニャ:乳母・ベビーシッター)を雇っていると、いつの間にか子どもがロシア語をしゃべりだすということになるらしい。子どもの外国語習得能力恐るべしである。

多民族の国では、バイリンガル、トリリンガルは珍しくない。

しかし、子どもの語学力は維持することが難しい。使わない環境に入ればすぐ忘れる。入学でもすれば、どうしても勉強や友達と使う言葉に重点が置かれる。バイリンガルを目指す親はあまたいるが、子どもが本当にバイリンガルになるには「家庭語学」と「学校で使う語学」の二本立てをうまく切り替えられるようにするしかない。それでも家庭語学をまずは習得させるのが肝心なのは、言語学者が口をそろえていうとおりである。

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08.10.09

モスクワに暮らすペット

集合住宅で暮らしていても、ペットに関する規制が一切ないのがロシア流。そういうわけで、高層アパートであってもペットを飼っているお宅はけっこうあった。

イヌ・ネコはいうに及ばす、中にはワシントン条約で規制されているような動物まで。多くは郊外にある「プチッチィ・ルィーノク」(ペット市場)で買ってくる。拾ったり路上のおばさんから貰い受けたりする場合も多い。

私の近所に住んでいた日本人家庭でも、3世帯がネコ、2世帯がイヌを飼っていた。そのうち日本から連れてきた犬猫が4世帯。中でもイギリス赴任中に飼われたというコリー犬は、毛並みも美しく温和で愛想がよいので、近所のロシア人にも大人気。毎日散歩に出ると必ずロシア人から声をかけられていたという。

このコリー犬にはもっとすごいエピソードもある。飼い主が身分証明書を忘れて散歩に出てしまい、うっかり警官に職務質問をされてしまった。普通なら署に連行されて何時間か(当時は3時間だった。現在は72時間)拘束されるか、罰金(実は賄賂)となるところを、この犬の可愛さにめんじて放免となってしまったというのだ。ちなみにこのコリー犬、人間のひざの上に座りたがるという性格で、私も何度かやられた。愛嬌者なので、怒れない。やっぱり得な性格の犬である。

IWCで英語教室を主宰していた某イギリス大使館関係者のお宅では、小型のテリアが人気者。お年寄りだったのに(紳士イヌと呼ばれていた)、散歩に出ればロシア人から声をかけられる。尻尾のある外交官として有名な存在だった。

一方、日本からつれられた来た猫は、ロシアの検疫ですっかり人間嫌いとなってしまい、部外者が来ると雲隠れするものが多くいた。ロシアで飼われはじめた猫は非常に愛想よく、ゴロゴロとよく擦り寄ってきていたが、これも日本の検疫を受けるときに人間嫌いに変わってしまうのだろう。飼い主の都合とはいえ、気の毒である。

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07.10.09

アンナ・ポリトコフスカヤの命日とロシアのジャーナリスト

相変わらずジャーナリストへの弾圧や殺害が絶えないロシア。2006年10月7日にアンナ・ポリトコフスカヤが暗殺されて、今日で丸3年となる。

しかし、モスクワにいたとき、私がより親近感をもっていたのは、実はアンナ・ポリトコフスカヤではなく、ユリア・ラティニナの方であった。Latynina

というのは、単に彼女が出ているメディアに多く接していたからだと思う。ユリア・ラティニナはFMラジオ「モスクワのこだま(Эхо Москвы)」の政治トーク番組パーソナリティで、よく彼女の声は耳にしていたし、英字新聞「モスクワ・タイムズ」で彼女は「INSIDE RUSSIA]という政治コラムを担当していた。「モスクワのこだま」で話していた部分のわからないところは、たいてい「モスクワ・タイムズ」のコラムで補完したりして、ラティニナの主張というのはおおむね理解できた。

一方、ポリトコフスカヤは「ノーヴァヤ・ガゼータ」が主な執筆舞台。おまけに「ノーヴァヤ・ガゼータ」はどのキオスクでも入手できるとは限らない。主にネットで見るだけだったが、ロシア語だけの接点というハンディが、私とポリトコフスカヤの接点がどうしても少なくさせていた。

アンナ・ポリトコフスカヤの日記・取材メモから成る「ロシアン・ダイアリー」の訳本を去年読んだ。彼女の日記は私がモスクワにいた時期とほぼ一致しており、彼女への距離が縮まったような感じがした。

果敢に当局の不当な弾圧と戦ってきたポリトコフスカヤだったが、結局殺されてしまった。ユリア・ラティニナもそうとう厳しい当局批判をやっているし、かなり危険なのではないかと危惧しているが、今のところまだめげずにがんばっているらしい。

私がモスクワにいた当時の「モスクワ・タイムズ」には、ラティニナのほかに、アレクセイ・パンキンやヴラジーミル・カヴァリェフなど、辛口コラムニストがいた。アネクドートも翼賛的になるのではないかと思えてならないが、とにかくロシアの「当局批判ジャーナリスト」は生き延びてほしい。

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03.10.09

モスクワの花壇

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モスクワ市当局が整備する花壇は、もっぱら市の中心部のみ。時計や行政区のシンボルをかたどったり、記念のマークなどを植物で形成するなど、いろいろ手が込んでいる。

一方、モスクワの一般市民はたいていアパート暮らし。自分の庭など持っていない。ベランダや出窓に所狭しと植木鉢を置くが、それでも飽き足らなくなる人は自分のアパートの出入り口や道路沿いに花壇を作り出し、手入れに余念がない。

人々の目を楽しませた花壇も、雨が雪に変わると、枯れるのを待たずに雪の中にうずもれる。

Flowers04





 

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