Posts categorized "時事・考察"

01.07.10

ライカ犬とSwatch

Рамстор1号店がモスクワに出来たとき、テナントのひとつであるSwatchに、史上初の宇宙犬「ライカ」をデザインした時計が売り出されたという話を聞いた。宇宙へ飛び出してわずか数時間後に死亡したというライカは、実験動物として悲劇的な一生を終えたが、人々の記憶に長く残る「名誉ある犬」となったわけだが、まさか時計のデザインになるとは思わなかった。

あわててラムストール・マラジョージナヤ店に行ったが、すでに時計は売り切れ、店員が代わりにこれいかがと見せてくれたのは、マトリョーシカデザインの時計だった。当時、私はライカ犬のスウォッチがほしかったので、マトリョーシカ柄など見向きもしなかったのだが、あとで知人から「それはもったいない!」と叱られた。たしかに現代日本のマトリョーシカ人気を考えると、あのときマトリョーシカ柄でも買っておけば、それなりに注目を集めたであろう。

しかし、マトリョーシカはあくまでも単なる意匠。ライカ犬は実在したものだ。ガガーリンとライカのツーショットデザインなんて出てきたら、どんなに高くても買いたいと思うだろう。

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20.01.10

ロシア人にとって信仰とは?

1月19日はロシア正教会の重要な祭事、「公現節」だった。多くの日本人は、この日ロシア人が海水パンツ1枚の姿で氷水に入る写真を目にしていることだろう。

この日はイエス・キリストが洗者聖ヨハネから洗礼を受けた日であるとされる。聖なる水で「聖別」されるというわけだ。「禊」の感覚がある日本人には、「穢れをおとす」水の儀式に違和感を覚えるわけではないが、この寒い時期にわざわざ氷水に入りに行く人を見ると、滝つぼに打たれにいく修行の人たちを思い起こす。

私の周囲のロシア人たちで「無神論」を唱える人は少なく、皆いちおう「ロシア正教徒」と自称していた。しかしいわゆる「西欧のキリスト教徒」のように、日常的に聖書を読んだり教会に通ったりしている人はあまりいなかった。「正教徒」と自称しているわりには、洗礼を受けたと言った人はわずかに一人で、それも教会が当局に弾圧されていた頃、病弱だった自分を心配して母親がこっそり洗礼を受けさせたというエピソードの持ち主だった。

ロシア人にとって信仰とは何かと考えるとき、部分的には無神論的な感覚と、オカルトのような神秘主義を信じる感情がモザイクのように織り交ざっていて、神学的に純粋な信仰とは言えないような感じである。しかし、当局とロシア正教会の距離は日々縮まっており、ロシア人の信仰もナショナリズムと表裏一体をなして以前より強固になってきているのは確かだ。

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12.12.09

兵役につくということ

Vday1寒さが厳しくなると、休暇で街中を歩くロシア兵の姿が寒々しく感じる。私がモスクワにいたころ、軍隊内でのシゴキやイジメが険悪化した時期で、マイナス30度もあるところで、歩兵が長時間立ったままで放置させられ、彼らのほとんどが肺炎にかかって数人が死亡するという事件が起こった。特に、チェチェンでの「テロ掃討作戦」が行われているころは、「徴兵=前線送り」につながる確率が高く、できるかぎり兵役を先延ばしにしたり逃れたりすることを考えている人が多かった。

ロシアにおける徴兵制は、18-27歳の男性に2年間の兵役を課せられている(と理解されている)。実際は良心的兵役拒否制度があり、場合によっては軍隊ではなく治安警察などに就くなど、選択肢がいくつかあるらしい。

私の知り合いは、一人はムルマンスクでの国境警備、二人は極東での治安部隊を体験していた。そして一人は運よく奨学金を得て国外留学、そしてもう一人は視力が極端に悪く兵役免除、だった。彼らは運よく生きているが、彼らの友人や知り合いには兵役中に障害を負ったり、除隊後に病死したりするものがいたそうだ。

軍隊や治安部隊は国防のみならず、時として自国民にも銃を向けてしまう。そして、兵役についたばかりに自分の一生を棒に振るリスクも相変わらず高い。もっとも、徴兵制がある国に生まれてしまったことが、ロシア人の宿命なのであるけれども。日本には「日本男子にも兵役を課したらよいのでは」という発言をする人もいるが、交戦しないことを前提とした平和ボケ極まりない発言だろう。

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01.12.09

ロシア人の複雑怪奇な愛国感情

モスクワとサンクト・ペテルブルグを結ぶ「ロシア版新幹線」ネフスキー・エクスプレスが脱線した。当局はテロとの見方で捜査中。折りしもダゲスタンで列車事故。こちらも爆発物が原因で、テロと見られている。

この事件について、メールをやりとりしているロシア人に意見を聞いたところ、「またテロかって感じ。あなたも戦争中の国にいれば、戦争に慣れるはずだ」との返事。あまりにつっけんどんなだったので、「あまりに冷淡な考え方だ」と反論したら、「こういう国だからしょうがない。だから、いつも自分の人生とお金をもっと意義あることに使うチャンスを待っている」という本音が帰ってきた。この友人は、ロシア政府に過剰な期待も愛国心も抱いていないという。

ロシア人の国家・民族意識は複雑だ。古くはタタールのくびきから、近代以降ではナチスドイツ、スターリンの粛清によって出されたおびただしい犠牲が出た。これらはロシア人に「被害者意識」を強く持たせる動機となっている。一方、共産主義の押し付けをやったという「加害者意識」は薄れがち。過去の栄光が翳った90年代後半から新興国にのし上がった最近は、スターリンの粛清さえひっくり返すほどの愛国主義が台頭している。テロが頻発しても、「なぜ自分たちが標的になるのか」という疑問は容易に愛国主義に転換される。

他方、一般市民には「国や政府はわれわれを守ってくれない」という諦めに近いものがある。国家による裏切りを経験しているロシア人は国家権力を信頼していない。しかし、ロシア人が悪く言われることへの反発は強烈だ。

ソ連時代への懐古と嫌悪があいまって、ロシア人の民族意識や愛国感情はますます複雑となっている。その度合いと意義は個々人によって異なるといえるかもしれないが。

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07.07.09

モスクワのアメリカ人

7月4日はアメリカ独立記念日。ロシアに住むアメリカ人とアメリカの好きなロシア人は、これをモスクワで祝う。私がモスクワにいたころは、クスコヴォ宮殿でアメリカ独立記念日にちなんだイベントが行われていた。

モスクワに住んでいたアメリカ人たちは、一種独特の生活様式を持った人たちだった。彼らの多くは、一般の外国人駐在家庭と同じくメイドや運転手を雇い、アメリカ式ライフスタイルをロシアに持ち込んでいる。米国市民権を利用して、在ロシア米国大使館内にあるプールに通ったり(日本人でもアメリカ市民権がある人は利用可能)、スパソハウスという名前の米国迎賓館でパーティを楽しむ。要するに、アメリカはモスクワの中でも際立った治外法権域を自国民に提供していた。長期の休みにはロシアを脱出。

そういうアメリカ人に対して、ロシア人の感情はかなり複雑。アメリカ大使館の前には、いつもビザ申請の長蛇の列ができ、911事件や著名なアメリカ人が死ねば大使館の前は花束の山、イラクを攻撃したときは抗議の卵が飛んだ。ソ連時代は反発しながらも憧れのアメリカだったのが、冷戦終結後はロシアが一方的に劣等感を持つようになり、ロシア人がアメリカ人に対して卑屈になったのはいうまでもない。

しかし、7月4日の独立記念日がめぐってくるごとに、ロシア人はアメリカの歴史の薄さを見ながら、多少なりとも優越感をもっているのではないかと思う。クスコヴォ宮殿で一緒にイベントを楽しむロシア人たちには、そういう余裕が感じられた。

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16.04.09

パスハの前に

今年のパスハ(復活祭)は4月19日。カトリック・プロテスタントのイースターと1週間しか離れていないので、まあ平均的な離れぐあいといえるだろう。

ところで、信心深い(?)ロシア人家庭では、パスハまでは基本的に「大斎」なので精進期間である。一方、パスハを迎えるためのケーキ(クリーチ)だのタマゴだの、チーズや豚肉などの買出しもこつこつと進む。パスハと同時に動物性たんぱく質をがっつくのである。

ところで、かつてカトリック教会に通っていたおかげで、ロシア正教会の復活祭とカトリックのやり方をいろいろと比較できて面白かった。なかでも儀式の執り行い方はかなり違う。たとえば、「礼拝(ミサ)」は「最後の晩餐」の再現というより、司祭と聖歌隊の祈りと歌の応酬で進む。よって、信者が儀式に積極的に参加するのではなく、司祭・補祭の進行にひたすらついていく感じである。もちろん、ゴスペルのように一般参加者と聖歌隊が入り乱れて熱唱することは絶対にない。おまけに、ロシア正教の一般信者は、司祭がしゃべる教会スラブ語の意味がわからないというではないか。

何が信者を教会に通わせるのか、長らく疑問に思っていた。しかし、儀式で司祭・聖歌隊・信者といった階層的分業の一方で、教会が社会福祉的な側面で信者をがっちりと取り込んでいることがわかり、なんとなく信者をつなぎとめている理由がわかったような気がした。

おまけに東方正教会はクリスマスより主の復活を重視する。いわば、イエス・キリストの誕生ではなく、死からの復活がより大事だというのだから、宗教の本質=死ぬことへの恐怖を克服するためのポイントを突いている。

復活のシンボル「卵」は、ある意味輪廻転生的な象徴でもあるが、ロシア人は西方キリスト教徒より輪廻転生を信じているようなフシもある。

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13.02.09

モスクワの道路舗装

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石油産出国にもかかわらず、モスクワの舗装は貧弱だ。でこぼこせずに舗装されているのは、クレムリン周辺と大統領の通勤路くらいだろうか。

郊外に続く道や横丁などは、ところどころ穴が開いているようなひどい舗装。歩道などは傾いていたりする。昨今の暑い夏と雪と氷で凍りつく温度差が、道路の表面を磨耗させていく。アスファルトに固められた砂利がむき出しになった道を車は速度をゆるめずに走るので、タイヤの磨り減りは早い。また、雨の日に歩行者は車から水をかけられるのが日常だった。

一度雪道で乗っていた車が急にスピンしたことがある。すんでのところで対向車にぶつかりかけたが、片方のタイヤが道にあいた穴に埋まっていた。ちなみにロシア語で穴やくぼみのことをヤーマ(яма)というが、「ヤーマに落ちた」とはなんというパラドックスな表現だろうと急停止した車の中で思った。

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11.07.08

権力者を笑い飛ばす

Cards プーチン政権になってから、すっかり下火になった「権力者批判」。エリツィン政権当時までは、政治家をパロディにしたグッズやテレビ番組が人気を博していた。

たとえば主な政治家を模したトランプ。タイトルは「Вся власть(全権力)」とある。キエフ駅近くのキオスクで購入したものだ。ケースを飾るのは、テニスに興じる故エリツィン元大統領(なぜバレーボールでないのかよくわからない)。

カードの絵札には、ジュガーノフ、チェルノムリルジン、チュバイス、レベジ、ジリノフスキー、ネムツォフ、ヤヴリンスキーといった新生ロシアを牛耳った面々。権力者らしい格好をしているが、どこか滑稽だ。ハカマダにいたっては、和服を着ている。発行元はフランスのグリモ(Grimaud)だが、この製作センスはロシア人に違いない。

エリツィン政権時代は、風刺人形劇「クークリ」など、アネクドートより直接的な風刺番組が生きていた。プーチン政権は、反政権的言動はおろか、プーチンのパロディさえ許されない風潮となっていった(肯定的なパロディなら別だが)。

タンデム体制となってから、ロシア人が本来もっている政治風刺の精神はどこまで復活するか、注目したいところである。

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02.12.07

下院選挙

私がモスクワに滞在していたときも下院選挙・大統領選挙があった。開票結果を見て面白いと感じたのは、投票用紙に「すべて(の候補者に)反対」という項目があったことだ。

日本では「すべての候補者に反対」という意思表示をすることはできない。ロシアは意外と民主的じゃないの、と思ったものだ。

ところが今度の選挙から「すべてに反対」の項目はなくなるという。おまけに投票率を上げるための操作も行われるそうだし、やっぱりこの選挙って「統一ロシア」のためなんだ、と思わざるをえない。

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26.10.07

モスクワの野犬たち

Dogs 日本ではほとんど見かけなくなった野良犬だが、モスクワでは年を追うごとに増えている。大型犬が多いのが特徴だ。中には警察犬のごとき見事なシェパードもいて、おそらくもともとはどこかで飼われていたのではないかと思われる。地下鉄にも迷い込んできて、堂々と車内で寝そべったりする野良犬もいる。

さて、この野良犬たち、4~6匹でひとつの群れをつくり、駅や商店街の周辺、または住宅街の空き地に生息している。何もしなければおとなしくしているが、最近は通りがかっただけで襲われる人も多い。狂犬病地域ではないが、かまれたら病院へ行かねばならない。

知人も地下鉄入り口で突然野良犬に襲われ、尻をかまれた。何ヶ月にもわたって注射を打ちに行かねばならず、仕事にも大きな影響をくらったという。

犬の登録がそれほど徹底されていないため、野良犬に見せかけた番犬にしている人もいるそうだ。見知らぬ人を襲わせて愉しむというとんでもないことをやっているらしい。おかげで私も野良犬をみかけると、まるでサッカー帰りの若者集団に遭遇したように、方向を変えるのであった。

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