Posts categorized "番外編"

23.03.11

lecture on nuclear power plant in Fukushima, Japan

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23.08.08

マシーナ・ヴレーメニ(группа Машина Времени)

ロックバンド「マシーナ・ヴレーメニ(タイム・マシーン)」といえば、大御所中の大御所である。そんなこととは露知らず、初めてのソ連旅行時にベリョースカ(外国人向けショップ)で、買ったレコードはマシーナ・ヴレーメニだった。

ジャケットの右下に、「I love Beatles」とロシア語で書いてある。ロシア人にとってもビートルズは永遠のあこがれであり、ペレストロイカまっただなかだった当時は、おおっぴらに西側文化を賞賛してもよかったのであろう。

不良音楽といわれたビートルズでさえも、ポール・マッカートニーはナイトに叙勲され、反体制的とされたマシーナ・ヴレーメニも20年を経て、グループのリーダー、アンドレイ・マカレーヴィチはプーチン(前大統領)と肩を並べて戦勝記念日を祝うまでになった。

そして、西側への憧憬は今やロシア・ナショナリズムへと変化しており、ロシアの復権とともにサブカルチャーにおいても「ロシアの自信」が見て取れる。ロックバンド、マシーナ・ヴレーメニは、自分たちの音楽がタイムマシーンに乗って次元を越えられることを願ってネーミングしたのか、興味深いところだ。

Mashina_vremeni

Mashna_vremeni

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13.08.08

20年前のウズベキスタン

1988年8月7日~15日は記念すべき初の海外旅行をした時だ。初めて踏んだ海外の地はハバロフスク。ブラーツク、ノボシビルスクを経由して、レニングラード、モスクワ、サマルカンド、タシケントと移動。当時宿泊したモスクワのホテルは、その後私が足掛け4年8ヶ月住むことになった場所と同じ地区にあった。

自称「シルクロードおたく」の私にとって、旅行の最大の目的はサマルカンドとタシケント。まだソ連時代だったため、ウズベキスタンはロシアより食品が豊かで、モスクワやレニングラードに比べて、地元住人が人懐っこく外国人に近寄ってくるところをみると街の開放度も高いように感じられた。

サマルカンドでは自由市場でコリアン系のおばさんに気に入られ、ハミウリをごちそうになったり、チャイハナでおじさんと踊ったり。言葉もできなかったのに、今考えるとすごいコミュニケーションがとれていたと思う。

ソ連邦が崩壊してそれぞれの独立国となってから、まだ一度も足を踏み入れていない。なかなかお呼びがかからないまま20年が過ぎた。

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05.07.08

スズダリ日帰り旅行

番外編として1998年の夏の日帰り旅行について書く。
モスクワに滞在していた間、遠出らしい遠出はスズダリ旅行だけ。スズダリ(Суздаль)は、モスクワの東訳200kmのところにある古都である。周辺のヴラジーミル(Владимир)、ヤロスラブリ(Ярославль)などと共に、「黄金の輪」(Золотое кольцо)のひとつに数えられる。今回はスズダリまで車を一台チャーターして行ったのだが、ひどく遠かった。

遠く感じた理由に、当時の道路舗装はかなり悪くて車が揺れたこと、乗っていた車はトヨタのワゴンだったにもかかわらず、サスペンションがかために調整されていたので、乗り心地がいまひとつだったこと、前日、大嵐が来て真夏の気温が一気に下がって秋のようになってしまったことが上げられる。

モスクワを離れ、草原とダーチャ群の道を進んでいくと、だんだんロシアの昔話に出てきそうなところが立ち現れてくる。標識も看板も確認できないまま、スズダリに到着。街全体が博物館といった感じのところだ。

まずスズダリの「クレムリン」を見る。「スズダリ」がロシア史上初めてその名を現したのは、11世紀。以後16世紀にいたるまで、寺院と教会が数多く建設される。モスクワのクレムリンと同じく、外郭の中には多くの寺院が林立している。町全体に人が少なく、寺院の中はひっそりとしいている。

クレムリンを出て、木造のあずまや風カフェで昼食をとった。料理が出てくるまで時間がかかる。当時はまだ観光地として整備されていなったせいか、レストランなども少なかった。このほか、いくつか博物館を見たがどこも閑散としていた。

現在はホテルもいくつかできて、歴史観光地としての整備も進んでいるようだ。

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左:聖ユスムス修道院、16世紀(Спасо-Евфимиев монастырь)

中:パクロフスキー修道院、14世紀(Покровский монастырь)

右:アレクサンドロフスキー修道院、17-18世紀(Aлександровский  монастырь)


 

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05.11.07

莫斯科2007夏 修道院の猫

アンドレイ・ルブリョフのいた修道院へ行った。

敷地に入り、聖堂の方へ歩いていくと白黒の猫が突然出てきて、私の目の前で寝そべった。Monastry_cat_2 Monasty_cat2
タキシードキャットかなと思ってみてみると、わきの下がタキシードになっていない。ボレロ猫と名づけた。

この猫のほかにも、キジ猫と長い毛の猫がいた。モスクワの猫はあまり人を怖がらない。

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28.10.07

莫斯科2007夏 徒然草

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Ticket_selling ふと気づいたことがあったので、忘れないうちに書いておく。

今回のモスクワ旅行で気になった大きな変化。

1.劇場チケット売り場の内容が、「劇場別」のチケットを直接張り出すのではなく、演目ごとのポスターをでかでかと貼るようになっていた。

2.両替屋のシステムがけちになった。以前はドルのレートはひとつだけだった。ところが最近は、「1000ドル以上両替するならレートをよくするよ」、という看板が目立っている。うっかりこの両替屋はいいレートだと思って入ったら大きなまちがい。

50ドル以下の小額紙幣はまったく受け取らないところは以前のままだ。

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12.10.07

番外編 莫斯科2007夏 建設中のモスクワホテル

2003年に取り壊されたモスクワホテル跡を見に行ってみた。すっかりシートに覆われて、建て替えの様子はよくわからない。

工事現場の前と地下鉄「革命広場」の間は、お土産市場ゾーンになっていた。

(かつてのモスクワ・ホテルの様子は、「在りし日のモスクワ・ホテル 2006/08/27をご覧ください)

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01.10.07

番外編 莫斯科2007夏 インツーリスト跡地

ソ連時代からお世話になっていたインツーリストホテル。2002年に解体され、長らく工事が行われていたが、ついに新しい建物となって営業を再開した。

とはいえ、いにしえの「インツーリスト」の面影はカケラもない。わかっているのは、リッツ・カールトンというマリオット系のホテルとなったことだけである。つまり、「ツーリストクラス」のホテルから、一気に5ツ星ホテルへ急激にランクアップしてしまったということだ。たしかに赤の広場からこれだけ近い目抜き通りを外資がほっとくわけがない。

目抜き通りトヴェルスカヤにふさわしく、豪華な門構え。入り口付近の駐車場には黒塗りのメルセデスやBMWが並ぶ。外見の豪華さに圧倒されて、入ってみるのがためらわれる。実際、警備も厳しいようで、結局外から眺めただけ。

Ex_inturist Inturist2

http://snow-square.blogspot.com/2006/11/new-intourist-moscows-ritz-carlton.html

↑ インツーリストホテルからリッツ・カールトンホテルとなるまでの概略が書いてあるサイト。

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06.09.07

番外編 莫斯科2007夏 その3

地下鉄「革命広場(Площади Революции )」。ここは兵士と軍用犬の銅像がプラットホームの両側にずらっと並んでいる。

以前はまったく気づかなかったが、なぜか人々がこの軍用犬の鼻を撫でたり擦ったりして楽しんでいる。まるで巣鴨の「刺抜き地蔵」にある洗い観音のようだ。

鼻の先が擦られて白く変わっている。はたして軍用犬の鼻を触ることに何かご利益があるのだろうか。Metrodog1 Metrodog2

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30.08.07

番外編 莫斯科2007夏 その2

地下鉄リムスカヤを出て道を歩いていると、面白い形の自動販売機を見つけた。

ところが、これはモノを販売するのではない機械だ。使用済みのビンをこの機械に入れると、コインが出てくる。つまり「路上リサイクルマシーン」。はたしてどのくらいの人が利用しているかわからないが、一般市民にも資源を換金することを奨励しているわけだ。

Recycle_machine_2  地下鉄駅構内には、新聞の自動販売機もあった。ちゃんと稼動しているようだ。ただ、地下鉄乗車券の発券機は相変わらず設置が遅れていた。

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