Posts categorized "観光ポイント"

06.12.12

宇宙

Space_alley01冬の星空は1年で一番美しいといわれるが、モスクワにいる間、冬の天体観測はしたことがなかった。寒いし、雪雲に覆われて晴れていないのである。

しかし、アメリカと宇宙開発を競っただけあって、英雄である宇宙飛行士をたたえる記念碑など目にすることができる。もっとも有名なのは、ガガーリンの巨大な像であろうか。ほとんどスーパーマン化されていてかわいそうな感じだが、うちのユーリャが世界で初めて地球を飛び出したんだぞ、という具合な自慢が肥大化しただけのことだ。

友人もモスクワ大学内の天文クラブに所属していたが、やっていたのはもっぱら日食の観測だった。日本でも有名な彗星とか食でも起こらない限り、一般の人は日々の天体現象など興味がないことだろう。

 

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18.08.11

マヤコフスキー広場

Mayak_square01_2詩人・マヤコフスキーの顔はこわもてで、書く詩もなにやら激情たっぷりだし、ちょっと苦手なタイプな芸術家のように思っていた。Mayak_square021

見方が変わったのは、彼がロシア・アバンギャルドの流れの中で、ビスケットの面白い広告コピーを書いていたり、絵本「マヤーク」(マヤコフスキーは、自分の名前の中にロシア語で灯台を意味するмаякという文字の配列を見つけ、この単語がお気に入りだったそうだ)を書いていた、などと知ったからだ。

ユーモアのある人と知って安心したという感じに近い。そう思うと、マヤコフスキー広場に立つ彼の像もなんとなく愛嬌のあるものに見えてくるから不思議である。ともあれ、この付近はトヴェルスカヤ通りとサドーヴァヤ環状通りが交差する場所だけに、交通渋滞が激しい。空気の悪い所に立たされて、なんとなく気の毒でもある。

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07.06.10

レフォルトヴォ (Лефортово)

モスクワ滞在中、降り立つことのなかったところがレフォルトヴォだ。
ここは「レフォルトヴォ監獄」があった場所。だが、ルビャンカ広場と同じく、今となってはどこにその面影が残っているか、探し出すことは難しい。

トラムからちらっと見えるのは酒類の製造工場らしきものと、古いアパート群。
これから数回、行きたかったが行けなかったところを記しておくことにする。

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15.04.10

ルビャンカ(Лубянка)

Fh010023ロシアっぽく可愛らしい名称「ルビャンカ」。スパイ小説ファンにはおなじみの名所だ。くだんの建物は、モスクワ中心部の大通りのど真ん中にある。建物からシベリアが見えるなどといわれ、悪名高きКГБ本部がそんな目に付く場所にあったなんて、東京の官庁街もよく知らない私にとって理解を越えていた。

この写真は1988年のもの。当時のモスクワは、今のようなケバケバ感も喧騒もなく、車も人もずっと少なく、本当に首都なのか?と思ったくらい。ペレストロイカとグラスノスチという言葉は、当時まだ生きていたが、監獄も併設されているとは旅行者には信じられなかった。

ロシアになってからのルビャンカは、イメージを180度払拭すべくKGB博物館まで作ってしまった。私にとってルビャンカも、大きな本屋(ビブリオ・グローブス)、子どもデパート(ジェッツキ―・ミール)、博物館、そしてたのしい横丁エリアの最寄り駅の名前にすぎなかった。現在はKGB本部の後を引き継いだFSB(ФСБ、ロシア連邦保安庁)となっているが、「泣く子も黙る」という形容はいまだにKGBの方がふさわしい。

ともあれ、3月に起こった自爆テロの影響で、ルビャンカのイメージ改良作戦はまた振り出しに戻ったと言えるだろう。

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11.08.08

ツァリツィノ宮殿今昔Государственный музей-заповедник «Царицыно»

モスクワ南部にあるツィアリツィノ宮殿。以前、ここでネオナチの若者がカフカス系労働者を襲撃し殺害されるという事件が発生し、治安の悪いイメージがあった。たしかに地下鉄からそれほど離れていないとはいえ、宮殿敷地にいたるまでの道は人通りが少ないし、途中にある池もなんとなくしょぼい(冬は一面氷が張って、見違えるほど美しい)。

そんなツァリツィノ宮殿であるが、歴史は相当古く、エカテリーナ2世が1775年に築城した由緒ある「離宮」なのだ。建築はゴシック様式で、モスクワで著名な建築家のバジェーノフとカザコフが担当。お菓子の家を連想させる赤いレンガが印象的だ。ところが、エカテリーナ2世の死後、この建築は完成されず放置されてしまう。

初めて訪れた1998年当時、ツァリツィノ宮殿は「廃墟一歩手前」の様相。ところが2003年、2005年に行ったときは、やや様子が変わってきた。野外オペレッタや改築中の看板が掲げられ、ようやく完成へと動き始めたのである。考えてみれば、長らく「工事中」だった雀が丘地下鉄駅も、この頃完成している。経済状況の改善が感じられた。
赤いレンガで造られたアーチも人が上を通れるようになり、敷地内の教会も礼拝が行われており、かつてネオナチが跋扈していた雰囲気は払拭されたような、明るい公園博物館となっていた。

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2007年、モスクワ建都860年にあわせ「200年ぶり」の完成を盛大に祝ったツィアリツィの宮殿。残念ながら、私は完成後の姿を見ることはできず帰国 。現在はモスクワの新名所となっているそうだ。
 

↓ 2007年、完成したツィアリツィ宮殿。                 

Tsaritsino082 http://tsaritsyno-museum.ru/

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29.07.07

イズマイロヴォ庭園博物館(Музей-усадьба Измайлово)

地下鉄アルバーツコ=パクローフスカヤ線は、イズマイロフスキー公園(現・パルチザンスカヤ)からイズマイロフスカヤにかけて地上を走る。

そのときイズマイロヴォ自然公園に一瞬見える玉ねぎドームの屋根。それがこのイズマイロヴォ庭園博物館の一角である。もともとは皇帝ピョートル1世が若い頃に来ていた場所。ロシア海軍創設の地でもある。1671年に建てられたという塔とカテドラル内の所蔵物は必見。

Izmairovo

現在は手入れが悪く、せっかくの「庭園」もかなり荒れ気味。「銀のぶどう池」という名の優美な人工湖もよどんだ水がたまっている。

イズマイロヴォ自然公園につづく原っぱで、おばちゃんたちが甲羅干しをしていた。

Городок им.Баумана 12

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08.07.07

ノーヴィ・エルサレム(Новоиерусалимский Монастырь)

モスクワから北西へ約60km、ヴォロコラアムスコエ街道にあるイストラ(Истра)という町のそばに、ユニークな形の修道院がある。その名もノーヴィ・エルサレム復活修道院。「新しいエルサView1 レム」という意味だ。Church_view 交通手段は郊外電車とバスがあり、私は行きが電車で(べラルースキー駅-イストラ)、帰りはトゥーシンスカヤ地下鉄駅方面のバスで帰ってきた。

この修道院は、トルコ帝国に征服されたビザンチン帝国の復興を担うべく、「第三ローマ帝国」をモスクワに興すという宗教的目的から、ロシア正教会最高位の総主教ニコンによって1656年に建設が始められた。パレスチナにあるオリジナルのレプリカを目指し、教会建造物のみならず周囲の地形もパレスチナをそっくり真似しているところがすごい。View2

Church1 イストラ川や近郊の山をヨルダン川やシナイ山に見立て、さらにベツレヘムに見立てた村々を周囲に配置。「ノーヴィ・エルサレム」と正式に名づけたのはロマノフ王朝第二代皇帝アレクセイ・ミハイロヴィッチだ。1941年冬にナチス・ドイツ軍により破壊され、ソ連崩壊後、ロシア正教会により内部Carriage の修復が行われた。Gate

この教会の見所は長い回廊のついた修道院建物、「たまねぎ坊主」のドームの下に屋根窓をめぐらした円錐の教会堂、水車などである。当時の井戸の跡もある。私が行ったときは、礼拝など行われていなかったが、時間帯によっては礼拝の様子を見学できるかもしれない。

ぐるりと中庭を取り囲む回廊は、まるで時代劇のセットのような雰囲気。 とても面白い。風車も内部を見学でき、近隣の村には馬車で行くことができる(私は乗らなかったが)。

Windmill Corridor1Corridor2

また、イストラはモスクワから行く手軽なレジャースポットとして、多くのコテージやホステルが点在している。

http://www.ierusalim.ru/

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21.05.07

アブラムツェヴォ博物館(Абрамцево)

モスクワから北東約60キロ、ヤロスラヴリ街道から入った所にある森の中の博物館「アブラムツェヴォ」。

もともとは作家アクサーコフが1843年に購入した土地だったが、彼の死後鉄道王モーマントフが新しい所有者に。芸術愛好家であったモーマントフは、多くの芸術家のパトロン的存在となり、彼のもとにはレーピン、ヴルーベリ、シャリャーピン、ディアギレフといったロシアを代表する芸術家が集った。Abramtsevo

敷地内にある見所は、ロシア伝統の木工装飾をこらしたアクサーコフ邸、ヴァスネッツォフ設計による白い教会、そして周囲をとりまく美しい森である。

Abramtsovo 私がここを訪れたのは2002年夏。セルゲーエフ・パサードの帰り道だ。エンジンルームが運転席の隣にあるすごいバスに乗って、セルゲーエフ・パサードまで行きそこから電車でもより駅まで来た。ところが、駅からどう行けば博物館に行き当たるのかわからない。林と草原を抜けていくと、突然白い建物が現れ、そこが博物館だとわかった。

初夏のアブラムツェヴォは花でいっぱい。どこかの小学生グループが遠足で来ていた。特色のある木造の屋根飾りと、敷地内に立てられた教会を見ながらベンチで一休みしていると、時間がたつのも忘れてしまいそうだ。ごみごみした街中を離れ、自然の中で創作に打ち込んだ芸術家たちの姿が感じられる場所である。

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15.05.07

カローメンスコエ(Коломенское)

5-6月のモスクワは快適だ。日没も遅いし、とにかくどこかへ出かけたくなる。初夏のひととき、史跡散策をしながらのんびり楽しむなら、カローメンスコエ公園がお勧め。イワン雷帝以来、ピョートル大帝など歴代皇帝がすごした夏の御所だ。

内部に建つ教会群は1530年築といわれる。また、修道院に併設された養蜂園はロシアでも屈指の歴史を持っている。現在はモスクワ南部にある広大な博物館公園として市民の憩いの場となっており、木造のアトラクションやあずまや風レストランも併設。蜂蜜即売会や野外イベント会場としても利用されている。Kolomenskoe0183 モスクワ川の流れも楽しめ、夕暮れを見ながら(アブや蚊も出てくるが)広い空を見上げるのもよし。休日は家族連れでにぎわう。

もちろん、冬も夏に劣らずステキだ。一面雪に覆われた景色は、寒さを忘れるほど美しい。ぜひ訪れてほしいところのひとつである。

http://www.museum.ru/Kolomen/

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14.04.07

モスクワ川クルーズ

観光名物となっているモスクワ川下り。私も客人が来るたびに乗船しているので、かなりの回数乗ったことになる。しかしいつも天気がいいとは限らないので、日によっては甲板に出られず、船内でおしゃべりだけということもある。

客人の案内でなくてもひとりでのんびり川下りするのも楽しい。乗客ウォッチングになるし、誰にも邪魔されずに移り行く風景を堪能できる。

不思議なことに、川下りの風景はどこを切り取っても絵になる。River_cruise0192 特にノボデーヴィッチ修道院からルジニキーを眺めるあたりと、ゴーリキー公園周辺。右岸・左岸とも素敵なので、できれば往復して鑑賞したい。もちろん、川から見るクレムリン周辺も「絵葉書のように」美しい。

モスクワ川北回りのルートもあるが、こちらは定番コースより少し不便なため、私は乗ったことがない。

そのうち「ナイト・クルーズ」なるものもやってほしいなどと、ひそかに思っている。(安全第一というのはいうまでもないが)

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